歴史の部屋
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に行ったついでに十三(じゅうそう)界隈を見てきました。 十三(じゅうそう)は、大阪の地名です。 阪急は梅田(うめだ)駅から神戸線、宝塚線、京都線の三複線が平並走し、十三駅で分岐します。三複線並走の情景は、鉄道ファンには結構有名なスポットです。 それで、阪急梅田駅は日本の私鉄では1フロアの一番大きなターミナル駅です。 十三駅は、JR大阪駅のある梅田から西へ大きな淀川を渡ったところにあります。 阪急の淀川鉄橋から写した淀川。 十三は、いわゆる歓楽街で庶民の町です。ディープな大阪の町です。 阪急神戸線というのは関東で言えば東急東横線みたいな感じの鉄道で(というより東急がマネしたんだけど)沿線には高級住宅地がはりついているのですが、十三は庶民の町です。 昔ここにあった淀川の渡しが、摂津国において上流から13番目だったことからこの名前がついたそうです。 十三大橋の顕彰碑によると、『かつての、淀川の下流は大川・中津川・神崎川に分流していた。ここ中津川は中国地方への交通要衡に当たることから古くから橋があった』とあります。 しかしながら、慶長10年(1605)の絵図には『渡し』が描かれているそうです(同上による)。 という事は、江戸の幕府は畿内・江戸の統治を磐石にするために、わざわざ橋を撤去したんですね。 西国から京や江戸へ旅する人は、まず十三の渡しを渡り、京街道を歩くか、天満へ出て三十石船で京へ行くコースをとっていました。 明治11年になって成小路村住民による私設の十三橋(長さ85間・幅10尺の木製橋)が完成します。 それにしても、どうして十三と書いて『じゅうそう』って読むのでしょう。 謎です。 十三湊(とさみなと)って地名が青森にありましたけどね。 伊丹十三(いたみじゅうぞう)という映画監督もいらっしゃいました。 日本SFの始祖の一人と呼ばれる作家の海野十三さんはジュウザ説とジュウゾウ説があるようです。 とにかく、それで、大阪の人は劇画の『ゴルゴ13(ゴルゴサーティーン)』を『ゴルゴじゅうそう』と読むそうです。 淀川大橋に行ってみました。琵琶湖淀川水系は滋賀から京阪神地方の大きな水がめです。 滋賀・京都・大阪・神戸の人は大体ここの水を飲んでいます。『六甲のおいしい水』とか『灘の宮水』は水道には入っていません。それから、淀川は京都大阪間の水運が発達していました。上方落語の大ネタ『三十石船』が有名です。 ただ、『水がめ』というのは関東風な呼び方で、関西では『水壷(みずつぼ)』というのが正しいと思うのですが…。淀川の川筋は、江戸時代と較べてみても今とはかなり違っていました。 十三の渡し場跡の碑。雰囲気は『矢切の渡し』みたいな感じです。 右側の看板は、昔の淀川の川筋を示した地図になっています。かなり流れが変えられていることがわかります。 十三の渡し舟がここから出ていたわけですが、船待ちの人を当て込んだ御茶屋さんがあって、焼餅を売って大層繁盛していました。葛飾柴又もお団子が有名だものね。 それが、『今里屋久兵衛(いまざとやきゅうべえ)』の『十三焼き(じゅうそうやき)』です。 今も十三大橋のたもとにある老舗、今里屋久兵衛のお店。 店内はこんな感じです。さすがは創業享保12年(1727年)の歴史を感じさせます。 もちに粘りがあって、漉し餡が上品な甘さで、素朴なお味が懐かしくってとっても美味しいよ。添加物や保存料をいっさい使っていないそうです。 葛飾柴又のお団子より、私はこちらの方が好きです。あちらもおいしいんですけど、餡子は中に包まないとねえ。 お店のおねえさんが、若かりし頃は、ここも賑やかだったけど、今は自転車しか通らないっておっしゃっていました。 今では、夏の淀川花火大会の時期だけ、とっても賑わいます。 阪急十三駅の西改札口前にも今里屋久兵衛さんの出店があります。 それから、十三で有名なのは、名門『旧制大阪一中』だった、現在の大阪府立北野高等学校です。 とてもモダンでかっこいい校舎です。 2003年に卒業生でもある建築家竹山聖さんの設計により、現在の新校舎が完成しました。 ここの卒業生に、先ごろ大阪府知事になられ、北野高校時代にはラグビー部で活躍された橋下徹弁護士がいらっしゃいます。 あと、漫画家の手塚治虫さん、『八木・宇田アンテナ』の開発者八木次元大阪大学総長、『椰子の実』の作曲家の大中寅二さん、数学者で京都大学名誉教授の森毅さん、画家の佐伯祐三さん、作家の梶井基次郎さん、作家の野間宏さん、俳優の森繁久弥さん、日本マクドナルド創業者藤田田さん、元衆議院議員故新井将敬さん、等々多分野に亘る人材を輩出しているそうです。 そういえば、NHKアナウンサーの有働由美子さんは、なんでもかんでも平板イントネーションで発音しますが、北野高校出身(神戸女学院大学卒)で関西なまりを隠すためだったのですね。なまるんだったらアナウンサーなんかやんなきゃいいのに。 『30分遅刻しましたね』って言って橋下知事を怒らせた大阪支局の藤井彩子アナウンサーは北野高校で橋下知事と同級生だったんだって。 選挙で府民に選ばれた人だよ。『場を和ませるつもりだった』ってNHKは謝らないんだねえ。民放で人気が出たタレント弁護士だから、意地悪してるんだねえ。正当な政策批判しても、意地悪にしか見えないから損なのにねえ。NHKは、大阪支局も勘違いしてるねえ。 NHKは日本語はおかしいし、挨拶しないし、インサイダーはやるし、不祥事起こすし、反日放送するし、よく日本人から受信料取るねえ。正しい日本史が理解できる普通の知性と誠実さをもってる職員は冷や飯食わされてるんだろうねえ。出世のためなら、歴史をひん曲げられるんだねえ。 そりゃあ、そんな連中が幹部やってるんだから綱紀が乱れるのは当たり前だよ。 『八木・宇田アンテナ(やぎ うだアンテナ、英語:Yagi-Uda Antenna)』は今でもテレビ放送、FM放送の受信用やアマチュア無線、業務無線の基地局用などに使われている、棒を縦横に組み合わせた洗濯物かけのような形の皆さんご存知のアンテナで、世界的な大発明です。 しかしながら、肝心の日本の学界や軍部では殆ど注目されませんでした。 そのため、1942年に山下 奉文(やました ともゆき)第25軍司令官率いる日本軍がイギリスと華僑に侵略抑圧搾取されていたシンガポールを解放し、イギリス製のレーダーの存在を知ったとき、捕虜のイギリス兵から技術書の中にあった"YAGI"が日本人発明者の名前だと聞かされ驚いたそうです。 このレーダーの存在が、大東亜戦争での、日本敗戦の一因になったということです。日本軍は一体なにやってたのさあ!視認とレーダーじゃ全然勝負にならないよお! 2007年現在においてもこれほど汎用性が高く、抜群の精度を誇るアンテナは開発されていないと言われているそうです。 ですから、この発明は電気技術史に残るものとして1995年IEEEマイルストーンに認定されているんだって。凄いねえ! 校舎のデザインがモダンだねえ。 鉄腕アトムの漫画に出てきそうな形の屋根だねえ。 それにしても、十三駅前の街並みは教育環境としてはあまりよろしくありません。そのケバケバシサしい風景は、映画『ブラックレイン』のロケでも使われました。こういう街が名門高校の通学路というところが大阪らしいところです。 ゴチャゴチャっとした風景です。 狭い路地には大衆酒場もあります。 この環境が橋下知事のざっくばらんなお人柄を形成したであろうことは創造に難くありません。 お地蔵さんも立ってるよ! 武田 武田 タケダ〜 タケダ タケダ タケダ〜 タケダ タ〜ケ〜ダ〜〜〜〜〜♪ のコマーシャルで全景が航空撮影された武田薬品工業大阪工場です。 淀川大橋方向から撮った写真。 ウルトラQのDVDの特典映像にこのコマーシャル映像が入っていました。 ウルトラQ、ウルトラマンやウルトラセブンも大阪の道修町(どしょうまち)に本社がある武田薬品がスポンサーでした。 それで、視聴率が取れたご褒美に、ウルトラマン・ウルトラセブンでは前後半2話にわたる関西ロケを挙行しました。 ウルトラマン 大阪ロケ 古代怪獣ゴモラ登場 第26話「怪獣殿下(前篇)」、第27話「怪獣殿下(後篇)」 ウルトラセブン 神戸ロケ 宇宙ロボットキング・ジョー登場 第14話「ウルトラ警備隊西へ 前編」、第15話「ウルトラ警備隊西へ 後編」 でも武田さんは、研究所を、発祥の地である大阪から神奈川県藤沢市に移転しちゃうんだねえ。う〜む。 ということで、今回はこのへんで、ごきげんよう。 十三はまだまだ楽しいよ。 最後に船着場のひなちゃん屋。 |
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和歌山県は、那智の滝の程近く、補陀洛山寺(ふだらくさんじ)という天台宗のお寺があります。 補陀洛山寺は、仁徳天皇の治世にインドから熊野の海岸に漂着した裸形上人(らぎょうしょうにん)によって開山されたと伝えられていて、平安時代から江戸時代にかけて人々が観音浄土である補陀洛山へと小船で那智の浜から旅立った宗教儀礼「補陀洛渡海(ふだらくとかい)」で知られています。 補陀洛(ふだらく)とは、古代サンスクリット語の観音浄土を意味する「ポータラカ」の音訳だそうです。 チベットのダライ・ラマの宮殿をポタラ宮と呼ぶのも同じ語源によっています。 また、日光二荒山(ふたらさん)の『ふたら』も『補陀洛(ふだらく)』から来てるんだって。 さてこの、観音浄土。『華厳経』ではインドの南端に位置するとされています。 中世日本では、はるか南洋上に「補陀洛」が存在すると信じられ、これを目指して船出することを「補陀洛渡海(ふだらくとかい)」と称していました。 記録に明らかなだけでも日本の各地(那珂湊・足摺岬・室戸岬など)から40件を超える補陀洛渡海が行われており、なんとそのうち25件がこの補陀洛山寺から出発しているのです。 補陀洛山寺からの渡海が多かったのは、熊野から常世国に渡った神々などの信仰と観音浄土の信仰が習合したからではないかと思われます。 このお話は、本で読んで、『へえー』って思って、覚えていて、那智方面に旅行に行った時、立ち寄りました。その時のお寺の写真を紹介します。 いわば、『船の棺桶』である渡海船は、こんな様子だったそうです。 渡海船船上に造られた屋形には扉が無い。屋形に人が入ると、出入り口に板が嵌め込まれ外から釘が打たれ固定されるためである。その屋形の四方に4つの鳥居が建っている。これは「発心門」「修行門」「菩薩門」「涅槃門」の死出の四門を表わしているとされる。 渡海は北風が吹き出す旧暦の11月に行われた。渡海船は伴船に沖に曳航(えいこう)され、綱切島近くで綱を切られた後、朽ちて沈むまで漂流する。もちろん、その沈むさまを見た人も、渡海者たちの行く末を記した記録も存在しない。 渡海者たちについて詳しく記した資料は残っていないが、初期は信仰心から来る儀礼として補陀洛渡海を行っていたと考えられている。平安・鎌倉時代を通じて6名が渡海したと、補陀洛山寺に建つ石碑に記されている。 これが戦国時代になると60年間で9名もの渡海者が現れたという。このころになると、熊野三山への参詣者が減少したことから、補陀洛渡海という捨身行によって人々の願いを聞き届けるという形で宣伝され、勧進のための手段としての側面が現れたとされる。 16世紀後半、金光坊という僧が渡海に出たものの、途中で屋形から脱出して付近の島に上陸してしまい、たちまち捕らえられて海に投げ込まれるという事件が起こった。後にその島は「金光坊島(こんこぶじま)」とよばれるようになり、またこの事件は井上靖の小説『補陀洛渡海記』の題材にもなっている。江戸時代には住職などの遺体を渡海船に載せて水葬するという形に変化したようである。 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ※ ※ ※ 普通に考えれば、おかしいと分かりますよ。西方浄土っていって、極楽は西の方にあるのだし、第一インドの南って日本の西南なのに、南に連れて行かれて、そこから海流は明らかに、東北方面に流れているわけですから! 井上靖さんの小説に『おろしや国酔夢譚』という難破漂流して、ロシアに渡り、エカチェリーナ女帝と謁見して、ロシアの使節団に加えられた大黒屋光太夫のお話がありますが、この人は和歌山沖から、カムチャツカの方に漂流したのですから。 潮の流れを熟知したこの地方の人が、そんなことあるわけないって一番知っていたはずです。 本当にみんながそれを信じていたら、この地方の人は全員、先を争って、渡海船にのるはずでしょ? 第一、死後に極楽浄土が保証されていたら、だれがこんな住みにくい現世にしがみ付くものですか! 仏教の四大苦痛は『生老病死苦』といって、一番最初に、『生きることそのもの』が苦痛だっていいますからね。 最後には『勧進のための手段としての側面が現れた』ってあります。 『勧進』って早い話が、寺の建立・増築・修復等のための寄付集めのことですから、まあ、寺の宣伝のための一種の生贄ですよね。 それとも、寺社内の権力争いに敗れたお坊さんに対して行われる、実質的な死刑だったりして・・・・。 それにしても、現世との綱を切られるから『綱切島』って恐いなあ! 逃げ出した金光坊さんの気持ちが良く分かります。 渡海が本人の信仰から発した本意でなければ、陰謀ですよ! 最後に補陀洛渡海を歌った御詠歌を紹介しましょう。 ○ ふだらくや岸打つ波はみ熊野の那智のみ山にひびく滝つ瀬 金光坊さん他、渡海者の心からのご冥福をお祈りします。どうか成仏してください。 最後に、補陀洛渡海に挑戦したピコリン上人様の勇姿。 付 記 小松和彦著『日本魔界案内』には、もともと『水葬』の習慣があって、そのヴァリュエーションとして、この寺の住職たちが亡くなったとき、補陀洛山への往生を願って、遺体を棺に納めて船に乗せて流していたが、熱烈な観音信仰者の中から、『過激な補陀洛渡海者』があらわれ、生きながらに、補陀洛山へ渡ることを願い、釘を打ち込んで外へ出られなくした空舟(うつぼぶね=補陀洛船)の中に籠り海へ出て行くという信者たちが現れたと書いてあります。 順序が逆だよお! ご丁寧に 那智の浜に立って、澄み渡った水平線を眺めてみるがいい。きっと『南無阿弥陀仏』と書かれた白い帆をかけた補陀洛渡海船が、いまにも水平線の向こうから姿を現わすのではないかという思いになるはずである。 って書いてあるよお! 天台宗の補陀洛山寺の渡海船がどうして『南無阿弥陀仏』なのさあ! 観音浄土にどうして阿弥陀仏がでてくんのさあ! 釘を打ち込まれて乗組員(お坊さん)が閉じ込められているのに、どうして白い帆がかけてあるのさあ! 小松先生の勇み足だよお!
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