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【ファイルMU4】2009.03.14 ボロディン弦楽四重奏曲第2番 第3楽章 ノクターンは夜のしじまの音楽


綺麗なメロディーだねえ。

 
 私にとって夜、聴いていて落ち着く音楽といえばアレクサンドル・ボロディン(1833年 - 1887年)さんのこの曲です。

 ボロディン弦楽四重奏曲第2番
 第3楽章 ノクターン アンダンテ



 ノクターンというのは日本語では夜想曲と訳されていますが、この曲はとってもロマンティックで、寒い冬に暖炉にあたっているようなぬくもりを感じることができます。

 CDはボロディン弦楽四重奏団のものを持っています。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/887276

 ボロディンさんはロシアの作曲家、化学者、医師という多彩な人です。

 ロシア音楽の作曲家集団、ロシア5人組の一人です。

 ロシア5人組というのは、ミリイ・バラキレフ(1837年 - 1910年)ツェーザリ・キュイ(1835年 - 1918年)モデスト・ムソルグスキー(1839年 - 1881年)アレクサンドル・ボロディン(1833年 - 1887年)ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844年 - 1908年)
 ですけれど、ムソルグスキーやリムスキー=コルサコフは有名ですね。

 同時代にはピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840年- 1893年)がいます。

 ボロディンさんは才能ある作曲家だったのですが、全然儲からず化学者として、アルデヒドの研究で収入を得ていたそうです。

 それでも、ドビュッシーやラヴェル等のフランスの作曲家にも影響を与えたのですから、大したものです。

 この曲のほか、交響詩『中央アジアの草原にて』や歌劇『イーゴリ公』の「だったん人の踊り(韃靼人の踊り)」がポピュラーです。


 弦楽四重奏曲はファーストヴァイオリン、セカンドヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽器で構成されています。

 室内楽は、オーケストラよりも地味ですが、気軽に聴けて、音楽のエッセンスが凝縮されています。特に弦楽四重奏曲は作曲家の実力がそのまま出るジャンルで、ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、ブラームス、ドヴォルザーク、ショスタコーヴィッチ、ラヴェル、ドビッシー等がすばらしい作品を書いています。
とはいえ、ベートーヴェンの後期の作品や、ショスタコーヴィッチの作品は傑作なんですけれど、気軽に聞くというわけには行きませんが。

 CD、特にジャズ、クラシックのものは値崩れが激しいので、新譜でなければ手ごろな値段で手に入れることができます。

 よろしければ、ヒーリングミュージックとしてもお試しください。

【ファイルMU3】2008.09.09 ウラディーミル・ホロヴィッツさんは20世紀を代表するピアニスト


テクニックに関しては、誰にも文句は言わせません!

 
 日本はピアノを習っている人が多いのですね。

 それで、良いピアニストも輩出しています。

 ピアノ・フォルテ、つまりピアノができてから、今までに有名なピアノの名手は沢山出ました。

 ベートーヴェンなんかもともと、即興演奏の人で、それこそその場で閃いた作曲でもって、ものすごい演奏をやっていたそうです。
 
 残念ながら、彼は偏屈で、録音が嫌いだったらしく、レコーディングしていません(???)。

 作曲家のリストも名ピアニストで、サロンの婦人から絶大な人気を誇っていました。

 同じく作曲家のラフマニノフも2メートルの巨漢ピアニストで、12度の音程を左手で押さえること(小指でドの音を押しながら、親指で1オクターブ半上のソの音を鳴らすこと)ができたと言われているそうです。

 やはり手は大きい方が有利みたいですが、その分、指の幅もあるから、横の鍵盤に指が引っかかることもあって、一概に手が大きければ良いとも言えないみたいです。

 ラフマニノフに関しては、自作自演の協奏曲の古い録音が残っています。

 それでもって、まともな録音が残っていて、凄いピアニストということであれば、まず最初に指折りかぞえられるのが、この人です。

イメージ 1



 ヴラジーミル・サモイロヴィッチ・ホロヴィッツさんです(1903年10月1日 - 1989年11月5日)。

 大指揮者として知られるトスカニーニの娘婿にあたり、トスカニーニと競演した物凄い録音も残っています。

 上のCDは、シューマンの『クライスレリアーナop.16』です。
 同じくシューマン『クララ・ヴィークの主題による変奏曲op.14 』も含まれています。

 国内版では、『クララ・ヴィークの・・・ 』ではなく、トロイメライが有名な『子供の情景』とのカップリングという盤も発売されていましたが、こちらの方が入門版としては良いかもしれません。

 とにかく同曲の中では屈指の名盤です。

 まず、音の美しさにびっくりします。

 一音一音粒立ちがよく、艶があって曖昧な部分が微塵もありません。

 ピアノが良く鳴っているのです。唸っているという方が当たっているかもしれません。

 この人は、実は指を伸ばして弾いているのです。速いパッセージなども伸ばしたまま、ピアニストの中村紘子さんの表現を借りると『まるでホバークラフトのように』指が鍵盤を滑っていくのです。

 こういう弾き方をすると日本では先生に怒られるそうです。というより、そんな弾き方は普通の人にはまずできません。ホロヴィッツさんだからできるのです。

 それから、彼のために調律したピアノを用いてこそこの奏法は演奏可能であったとも言われているそうです。

 普通、ピアニストは、行く先々のコンサートホールに備え付けのピアノを弾くのですが、この人は、自前のピアノと調律師を引き連れてツアーをしていました。

 健康上の理由などからしばしば公の活動から退くことがあったのですが、この人は、実は相当なあがり性だったらしいのです。

 彼は世界のピアノファンの憧れの的で、日本の旅行社も彼のコンサートを海外で聴くツアーを組んだりして話題を呼んでいました。

 1983年日本に初来日した時は、広いけど音響のあまり良くないNHKホールで2回コンサートをしました。S席50,000円の法外な値の切符が即日売り切れとなり話題となりました。演奏の出来は散々で、日本の音楽評論家の重鎮吉田秀和氏が「ひびの入った骨董品」と評したのが有名になりました。

 この話を知ったホロヴィッツは悩み、リターンマッチとして本人の希望もあって、再来日を果たします。

 2回目の来日となった1986年に昭和人見記念講堂で名誉挽回のコンサートを行います。

 高額すぎて顰蹙をかった入場券は28,000円に値下げ。初来日時よりもコンディションが良く、こちらの演奏はホロヴィッツ本来の芸術性が発揮されたものだったそうです。

 イギリス王室列席の御前演奏会では、ロック好きだった故ダイアナ妃が欠伸をしている映像が映し出されたりしていました。

 とにかくこんなことがいちいち伝説になるくらいの大ピアニストだったのです。

 とりあえず、クラシックのピアノのCDを何かということであれば、このあたりから始めるのも良いかもしれませんね。

 ホロヴィッツさんの名前を覚えるだけでも結構知ったかぶりができます。
 

【ファイルMU2】2007.03 マーカス・ミラー イン ブルーノート:私のライヴ・リポート


マーカス・ミラー (Marcus Miller )さんは、カリスマ・ベーシスト

 
 カリスマ・ベーシストで敏腕プロデューサーでもあるマーカス・ミラーさんのライヴを聴きに、ライヴハウスのブルーノートまで行ってきました。


 マーカス・ミラーさんにライバル意識を持っている、アトモス部屋専属ベーシストのクマーカス・ピコリンさん。演奏の時ぐらい、ミトンは外してほしいものです。

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 本物のマーカス・ミラーさんの写真。(演奏会場のポスターから)

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 ブルーノートのディスプレイ

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 マーカス・ミラーさんの愛器

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 マーカス・ミラーさんの愛器についているイニシァル『M』マークのアップ。

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 マーカス・ミラーさんが演奏するバス・クラリネット。

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 当日のメンバーは以下のとおりです。

 マーカス・ミラー Marcus Miller (Bass/Vocals/Bass Clarinet)

 ボビー・スパークス Bobby Sparks (Keyboards)

 プージー・ベル Poogie Bell (Drums)

 マイケル’パッチェス’スチュワート Michael’Patches'Stewart (Trumpet)

 キース・アンダーソン Keith Anderson (Saxophone)

 グレゴア・マレ Gregoire Maret (Harmonica)


 私にとって、マーカス・ミラーさんのライヴは2回目です。

 1回目に行ったライヴがCDをはるかに上回る素晴らしさだったので、リピーターになりました。

 マーカス・ミラーさんのキャリアは以下のとおりです。

【マーカス・ミラー】

●1959年、ニューヨーク・ブルックリン生まれ。13歳でベースを始め、15歳でR&Bバンドでプロとしての初のギグを経験する。その頃ジャズに開眼。ジャコ・パストリアス、スタンリー・クラークから多大な影響を受ける。

●レニー・ホワイトやロニー・リストン・スミスらとの共演でハイ・スクール時代から存在を知られるようになり、80年代初頭には早くも敏腕ベーシストとしての名声を獲得する。81〜82年はマイルス・デイヴィス・バンドに在籍するが、自己の音楽追及のために脱退する。

●83年に「サドゥンリー」、84年に「パーフェクト・ガイ」とソロ・アルバムをリリースしながら、ルーサー・ヴァンドロス、デヴィッド・サンボーンの作品をプロデュースする。そして、マイルスの「TUTU」(86年)をプロデュース、その才能がさらに広く認知される。

●その後、自らのグループ、ジャマイカ・ボーイズを結成し、「ジャマイカ・ボーイズ」(87年)、「J-BOYS」(90年)と2枚のアルバムをリリース。93年、9年振りのソロ・アルバム「キング・イズ・ゴーン」をリリース。マイルスに捧げたアルバムで、あらゆるメディアから絶賛を浴びるとともに、圧倒的なセールスを記録する。95年リリースの「テイルズ」では、7人のジャズメンの声をサンプリングし、大きな話題となる。

●97年、エリック・クラプトン、デヴィッド・サンボーン、ジョー・サンプル、スティーヴ・ガッドからなるドリーム・プロジェクト「Legends」を結成し、ヨーロッパ各地のジャズ・フェスティバルに出演。同年、世界各地での演奏を収録したライブ・アルバム「ライブ・アンド・モア」を発表。

●98年には4枚のソロ・アルバム、そして2枚のジャマイカ・ボーイズのアルバムからのベスト・セレクションによる初のベスト・アルバム「ザ・ベスト・オブ・マーカス・ミラー」をリリース。

●01年、自身のイニシャルをクレジットにした約6年振りとなるスタジオ録音アルバム「M2〜パワー・アンド・グレイス」をリリース。その年のグラミー賞を受賞する。

●05年2月には、エリック・クラプトンとの共作曲「シルヴァー・レイン」、プリンスの「ボーイズ・アンド・ガールズ」など幅広い選曲したアルバム「シルヴァー・レイン」をリリース。


 マーカスさんはとっても偉大なミュージシャンなんですけど、結構小柄です。でも精悍でバネのありそうなバスケットの選手のような体つきです。

 雰囲気が、大リーグの嘗ての名遊撃手のオジー・スミスになんとなく似ています。

 ベースって結構地味な楽器っていうイメージがあるのですが、私は好きです。ベースの上手い演奏って感心してしまいます。

 オーケストラでも、コントラバスがしっかりしているオーケストラは、良いですから。

 でも、正直言って、エレキベースより、ウッドベース(コントラバス、ダブルベース)の方が好きですね。

 ただ、マーカスさんだけは別格です。

 彼のベースは良く唄います。打楽器みたいに良く弾みます。とってもしなやかで、且つとっても張りがあって硬質です。

 ガラスを叩くような音がしたと思ったら、人の声のような音がします。アフリカのトーキングドラムにも響きが似ています。

 そして、速いパッセージを魔法のように楽々と弾きこなします。ハウリング一歩手前の大音量で、楽器が良く唸り響きます。

 爆音のような響きの後に、繊細で可憐な囁きが聴き取れたりします。

 まるで、ホロヴィッツの弾くピアノみたいです。

 私にとっては、エレキギターの耳に突き刺さるような高音の伸びよりも、体全体を揺るがすようなベースの重低音の響きがとっても心地よいのです。

 羊水の中で聞いたはずの、母親の心音のような作用が働くのかな?

 Keyboardsのボビー・スパークスは太っちょで、ミッキー吉野さんみたいです。というよりハンバーガー屋のおやじといった風体です。

 額にチャンピオンベルトのような光り物のティアラを付けて、右腕に刺青を入れて、スーパーマンのTシャツを着ています。スパークスの『S』のつもりなのでしょうが、マーカスさんが『スーパーマン』と紹介していました。

 ファンキーな曲や幻想的な曲の雰囲気を盛り上げてくれます。

 Drumsのプージー・ベルも太っちょで、とてもパワフルなドラムワークを披露してくれます。2曲目には既に汗だくで、熱演してくれました。全曲、ドラムだけ鳴りっぱなしだったので、彼が一番重労働でした。ごくろうさまです。

 彼の技量の程は、カリスマ・ベーシストが信頼するリズムセッションというだけで十分でしょう。

 Trumpetのマイケル’パッチェス’スチュワートはパワフルなブロウと、リリックなミュートプレイが身上です。なんとなくジェフ・ゴールドブラムを小太りさせたような風貌です。

 Saxophoneのキース・アンダーソンはデヴィッド・サンボーンのような知的でスマートなプレイヤー。レゲエの格好をしています。

 Harmonicaのグレゴア・マレは、哀愁溢れるハーモニカです。ブラスセクションに参加するときはパワーがあってびっくり。

 今回は今度レコーディングする新曲が混じっています。

 最初の曲は中東風のメロディーです。マーカスさんはのっけからメリハリのある演奏で飛ばします。

『元気ですか?こんばんは。ありがとう』って日本語でご挨拶します。とっても愛想がいい人なのです。インタビュー映像を見ても、とても謙虚で、何でも吸収しようっていう人柄なのですね。

 彼は日本びいきのようで、嘗て、渡辺貞夫や渡辺香津美ともセッションをしていて、良く来日します。

 客席からの声のかかり方からして、通のファンが多いようです。

 私はステージ左側の前から2席目を確保できたので、マーカスさんから5mぐらいのところで,彼のスーパーテクニックを見ることができました。凄かったよお!

 おなじみの名曲、PANTHERも演奏してくれてご機嫌です。

 出だしが哀愁に満ちていて、スタイリッシュで雰囲気があり、マーカスさんのテクニックが堪能できる、テンポの良いカッコイイ曲です。

 あと、COME TOGETHER(ビートルズナンバー)は夫々の奏者のテンペラメントにあふれたアドリブソロが入ってとっても楽しかった。

 TUTUは、深海を潜っていくような幻想的な演奏でした。

 マーカス・ミラーの入門盤としては、『ザ・ベスト・オブ・マーカス・ミラー+2』があります。機会があったら、是非聴いてみてください。

イメージ 7

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【ファイルMU1】2007.01.13 マーラー 交響曲第6番イ短調(1904年) 佐渡裕指揮 兵庫芸術文化センター管弦楽団


実演で聴かないと、曲の全貌って分からないもんですね


 コンサートのチラシ

イメージ 1



 今回は関西まで遠征です。
 
『アトモス部屋IN大阪』の取材も兼ねています。

 直前に酷い風邪をこじらせて、行けないのではないかと気を揉んだのですが、お陰さまでなんとかかんとか行くことができました。

 佐渡さんのコンサートは最近チケット入手が困難で、やっと取れたのです。その昔聴いたブラームスの第二交響曲は名演でした。それで、また聴こうと思ってから、ずっと切符がとれませんでした。

 以前はもっと簡単に取れたのですが、佐渡さんのメディアの露出が増えてから、とても人気です。

 特に本拠地の兵庫芸術文化センターは杮(こけら)落としから、ずっと切符が取れないのです。

 今回、チケットが取れたのは、きっと80分以上の大曲に恐れをなした人が多かったのでしょう。

 といっても、この人は実力が先行していて、大指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン氏が、晩年小澤征爾氏に『日本の若手の佐渡裕と高関健の才能は素晴らしい』と頻りに話していたそうです。

 オーディオというのは、もともとハイフィデリティー(原音再生)を目指して発達してきたのですが、究極的には、ダイナミックレンジが大きいオーケストラの臨場感の復元を追及しているといって、過言ではないでしょう。

 因みにCD開発当時の最大収録時間74分のフォーマットは、SONYの大賀社長(元声楽家)と親しかったカラヤンが発した「ベートーヴェンの第9が1枚で収録できる様に」の鶴の一声で決まったそうです。

 ですから、CDが開発された時は、ダイナミックレンジが狭くて済むポピュラー音楽ファンのCD需要は全く想定していなかったのです。

 とはいっても、こんな100人以上の大オーケストラ(5管編成のフルオーケストラだけど、フレンチホルンはなんと8人いる)なんて、はなからオーディオ装置で再生不能ですから、生演奏を聴かなければ話になりません。

 兵庫芸術文化センター管弦楽団は比較的小編成のオーケストラですから、半数以上はエキストラ(客演奏者)になります。

 楽器編成
ピッコロ、フルート 4(ピッコロ持替え 2)、オーボエ 4(コーラングレ持替え 2)、コーラングレ、クラリネット 4(ソプラニーノクラリネット持替え 1)、バスクラリネット、ファゴット 4、コントラファゴット
ホルン 8、トランペット 6、トロンボーン 4、チューバ
ティンパニ 2人、グロッケンシュピール、カウベル、むち、低音の鐘(ティーフェス・グロッケンゲロイデ、複数)、ルーテ、ハンマー、シロフォン、シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、銅鑼、そりの鈴、ウッドクラッパー(振るとかたかた音の出る木のおもちゃ)
ハープ 2、チェレスタ
弦五部(1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)


 誰もいないステージにマイクを持った佐渡さんが登場しました。

 佐渡さんはラグビー選手みたいに体格が良いのです。マオカラー(詰襟)の黒スーツに身を固め(この服、カラヤン氏や小澤征爾氏、小泉和裕氏が良く着ていた)、何時もどおりの柔らかい京都弁のイントネーションで喋ります。

 別にカラオケを始めようということではなくて、曲の解説です。

 少し、お痩せになったのかな?

 佐渡さんは太るとホンジャマカの石塚さんに似てきそうな感じがするので、一安心です。

 被り物をして、エアーホッケーやってる場合ではありませんから。

 佐渡裕さんにとって、この曲は、恩師の大指揮者レナード・バーンスタイン(映画ファンの方は、『ウエスト・サイド・ストーリー』の作曲者としてご存知だと思いますが)が、ウィーンフィルハーモニーを指揮した時に勉強し、フランスのブサンソン国際指揮者コンクール(初代優勝者が小澤征爾氏)で優勝後、新日本フィルハーモニー交響楽団でプロ指揮者としてデビューした時演奏した思い出の曲だそうです。

 普通は、こんな大曲でデビューなんかしません。このへんが大物なのですね。

 大まかな曲の流れを解説した後、ステージに燕尾服を着た青年が呼ばれました。

 笑っちゃうほど巨大な大樽に柄がついたような木槌をもっています。これが『ハンマー』です。

 江戸時代の火消しが、類焼を防ぐために周囲の家屋を破壊するために大きな木槌を持っていましたよね。その木槌です。火消し装束を身に纏った赤穂浪士が吉良邸に討ち入るときに使った木槌です。

 青年は金髪の優男(やさおとこ)です。といっても、髪を染めた日本人ではなくて、本物の異人さんです。

 青年の名前はエリックさんといいます。

『ハンマー(木槌)』なんて楽器はありません。ハンマーはハンマーですから、楽器屋さんで売っていません。それで、劇場の大道具さんに特別に作ってもらったらしいのです。

 これを、ステージの一番高いところに置いてある、鏡餅を乗っける台を巨大にしたような台に叩きつけるのだそうです。

 佐渡さんはお客さんに特注の自慢の木槌を見せるように何回もエリック青年に持ち上げるように促します。最初のうちは笑顔だったエリック君の顔がだんだん引き攣っていくのが分かります。

 彼はパーカッショニストで、巨大木槌を打ち下ろすだけの役ではないのです。舞台裏で鉄板を叩いたり、ドラムロールとかもするのですから、演奏前に筋肉に乳酸が溜まってしまったら、演奏に差し支えるのですから、当然です。

 あと、この曲では、牛さんの首につるす大きな鉄のベル(カウベル)を鈴なりにして、カラコロ鳴らしたり、お好み焼き屋で使うような大きな鉄板を舞台裏に仕込み、教会の鐘のように響かせたりします。

 この曲の演奏はそのへんの準備からいるので、とても世話が焼けます。

 それで、佐渡さんの解説が終わって、袖に引っ込み、オーケストラの団員が入場して、チューニングを終えたところで、満場の拍手と共に、佐渡さんが颯爽と再登場しました。

 一瞬の静寂の後、チェロとコントラバスが叩きつけるようにリズムを刻み不吉な軍隊行進曲が奏でられます。

 わっ、マーラーの音だ!

 この瞬間って、とってもいいものですね。

 そして、マーラーの世界が陸続と展開していきます。

 マーラーの音楽は、現代人の持つ自意識がのた打ち回るさまを表現したような複雑な構造を持ち、さまざまな音響が輻輳(ふくそう)して一筋縄にはいきません。

 これが多彩で、好きだという人と、散漫でとっつきにくいという人がいます。私はどちらかというと後者で、同じ長大な曲なら、ブルックナーの方が余程聴きやすいのです。

 2楽章は、1楽章の雰囲気を残した、重苦しく引き摺るようなスケルツォです。

 3楽章は子守唄のようなメロディーが美しい幻想的な曲調です。

 ヴィスコンティの名画『ヴェニスに死す』ではマーラーの第五交響曲のアダージョの美しい旋律が繰り返し用いられ有名ですが、この曲のアダージョも、同様にマーラーの持つ耽美性の白眉とも言える名旋律です。

 カウベルがカラコロ鳴って牧歌的な雰囲気をいやがうえにも盛り上げます。

 さすがマーラーだけあって、ただ単に『美しい』だけではない毒がありますけど、それがスパイスになって妖艶さをかもし出すんですね。

 4楽章(最終楽章)は、しっちゃかめっちゃかです。華麗に錯綜する音響が堪能できます。

 ベルリオーズのアヘン妄想音楽『幻想交響曲』の5楽章『ワルプルギスの夜』を髣髴とさせるような悪魔的な音楽です。

 さて、問題のハンマーです。

 マーラーの自筆稿では、作曲当初にはハンマーの導入は考えられておらず、後にハンマーを加筆したときは、第4楽章で5回打たれるようになっていました。

 第1稿を出版する際にこの回数が減らされて3回とし、さらに初演のための練習過程で、マーラーは3回目のハンマー打撃を削除し、最終的に2回となった(第2稿)ということです。
 3回目の打撃を削除したのは、これがマーラー自身の命を絶つ運命の音を暗示するのだという強迫観念からではないかというようなことも言われているのです。

 佐渡さんの師匠のバーンスタインは3回目の打撃を復活させ、佐渡さんもそれに倣っています。マーラーさんは既に鬼籍に入っているわけですから、関係ありませんものね。

 明らかに、佐渡さんは、エリック青年の木槌を打ち下ろすタイミングを合わせるように指揮しています。

 振り下ろして、叩きつけるまで、相当なタイムラグがあるからです。

 観客も音楽どころではなく、息を殺してエリック青年に注目しています。

 それにしても、燕尾服で正装した、ハンサムな西洋人の青年が、満座の前で、ステージの一番高い場所で、巨大鏡餅台に巨大木槌を叩きつけるというのは、とっても不思議な光景です。

 生まれてこのかた、芸術というのは、とりもなおさず『狂気である』という事をこれほどまでに痛切に実感したことはありません。

 最後に、曲は中途半端に盛り上がり、ピツィカートの響きをのこして、ぷっつりと終わります。

 どんちゃかどんちゃか騒がしい全4楽章=80分以上の大曲にしては、あっけない終わり方です。

 この曲を聴く度に、遠くに連れて行かれてそのまま置き去りにされたような気分になります。

 おそらくマーラーの意図したことなのでしょうが、例えば、ベートーヴェンの交響曲を聴き終えたときのカタルシスとは全く異なる倦怠に似た感情の澱のような後味が残るのです。

 それにしても、佐渡さん、オーケストラの皆さんは大変な好演、熱演でした。とにかくお疲れ様でした。

 終演後、エリック青年が客席からひときわ大きな拍手を受けたのは当然のことでした。

 ちなみに『定期演奏会ではアンコールはしないんだけど』と言いながら演奏された故武満徹作曲の『波の盆』(TVドラマのための音楽)はとても美しい名曲でした。

※  ※  ※

 ハンマー(巨大木槌)を打ち下ろそうとするパーカッショニストのピコリン。ハンカチ王子ならぬ『トンカチ王子』です。大熱演だねえ。エリック青年の似顔絵は難しいので、許してね☆

イメージ 2


 因みに、彼の師匠のレナード・バーンスタイン=ウィーンフィル、於:ムジーク・フェラインザールの同曲DVDライヴ映像を確認したら、ハンマーは確かに3回鳴らされていましたが、打ち付ける木の台は、今回ほど立派ではなく、ステージの床の上にそのまま置いたミカン箱の親分みたいのに木の板を重ねただけのものでした。

 佐渡さんが誇らしげに自慢する理由が良く分かろうというものです。

(2007.01.13兵庫県芸術会館大ホール)

 佐渡 裕さんのホームページ
http://www.maido39.net/youyouyou/

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