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最近、仕事の関係で饅頭について調べることがあり、いろいろとネットを徘徊して情報を集めて見たら改めて知ったことがあったので記載してみました。 紅白饅頭や饅頭のルーツについて初めて知ったのとへぇー〜という知識でした。皆さんも知ってましたか?
中国では『曼』という字はすぐれたものの意で、『頭』はその最上を表すといわれているそうです。 ですから、【もっとも優れた】という意味なんですね。 また、饅頭のじゅう(頭)は唐音だそうで・・・中国で諸葛孔明(しょかつこうめい)が創始したと伝 えられています。私ここでへぇー〜・・。 日本では、14世紀に宋から渡来した林浄因がつくった奈良饅頭に始まるとされています。 またここでへぇー〜・・・。 諸葛孔明について三国志演義に記載されているという記録では、諸葛孔明が南蛮を平定し、成都への
帰還のおりに瀘水という河にさしかかると、瀘水が荒れ狂っていて渡れない。孔明がこの地方の人々になぜ河が荒れるのかと問うと、「河の荒神と、戦いで死んだ将兵たちの祟りだ」という。鎮めるには人身御供として、七七四九人の首と黒い牛、白い羊を河の神に供えて祭をしなければならないと教えられる。 それを聞いた孔明は、人身御供の悪習を絶ち切ろうと考え、従軍している料理番を呼び寄せ、小麦粉を練って人の頭の形に似せて作らせ、その中に人肉の代わりに牛や羊の肉を詰めた饅頭を河の神に捧げ祭を行った。すると翌朝荒れ狂っていた河は鎮り返り渡ることができたという。これが中国の饅頭ができた起源だと伝えられています。 饅頭は、いけにえの代わりに作られたものだったんですね。ただこの当時の饅頭は、食べるものとし て出なく、あくまでも生贄としての役割だったみたいです。また、饅頭は、火傷の治療としてつかわ れていたそうです。薬としての役割を持たされた経緯が、中国の晋時代以降の医学書にあるそうです が、 「饅頭は火傷によい」とされ、その処方は「餡の入っていない饅頭を粉にしたものと油を混ぜ 合わせて火傷に貼る」と記載されているそうです。 本当かいなぁ〜と思いつつ、確かに傷になった場所に饅頭の皮はくっつかないし、ひんやりして気持ち もいいかも知れませんね。 全国各地には名物饅頭が作られていますが、ちょっと気の張るお茶席では薯蕷饅頭、コンビニではほかほかの肉饅頭と饅頭は単なるお菓子の域を超えて人々に親しまれているのが饅頭ですね。
饅頭のはじまりは中国です。当初食べるために作られたのではない饅頭は、神への捧げものとして作られましたがも饅頭を日本に伝えたのは貞和五年(1349)中国から来た林浄因でした。 林浄因は仏都奈良に居を定めました当時の奈良は仏都であるだけでなく能楽が興り、商工業の座も栄える文化都市だったようです。栄西禅師が茶を伝え、「喫茶養生記」を著して以来、修禅時の睡魔除けや養生法として喫茶の風習が広まり、茶会もさかんに開かれました。その頃茶会に用いられた点心は柿や栗など果物の干物や麺、汁物だったとか。浄因は中国の“マントウ”をヒントに肉の代わりに小豆を煮詰め、甘味を加えた餡ゅあんこ)を詰めて饅頭を作ったのが日本の饅頭の始まりです。柔らかな皮、小豆のほのかな甘さは評判となり「奈良饅頭」として一気に広まります。僧侶は肉食ができません。 「奈良玉井家文書」(1688)には林家と饅頭のことが「南都名産文集」(1713)にはおいしさや形、南都の名産として評判だったことなどが記されています。 その饅頭は後村上天皇へも献上され、浄因には官女を賜ったと伝えられています。浄因と官女の結婚の時、紅白の饅頭を配り、一組は子孫繁栄を願って土中に埋めたと言われますが、その塚は今も林浄因が居を構えていた林小路町にある漢國神社境内に残っています。ここには饅頭の祖である浄因を祀る林神社もあり、4月19日には全国の菓子業者によって饅頭まつりが行われます。いつもは静かな境内もひととき賑わいます。 これで紅白饅頭の由来もわかった気がします。 昔から、紅白饅頭は、あの紅白の幕に合わせて作られていたと思っていたのですが、違うのですね。 |
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先日このブログを発見して、すっかりfanになり、この前ぜーんぶ読み終わりました、すっかり日課になりました。まだまだ日の浅いfanです。これからも楽しみにしています。
2008/5/19(月) 午後 2:34 [ ゆいか ]