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おはようございます。
今日は秋の雨・・・しとしとと降り気温を下げています。
昨日は良いお天気の中、祖父の四十九日法要、納骨が行われました。
朝、祖父のお骨に手を合わせ、お気に入りだったベレー帽を骨壷に被せお出かけの支度をさせました。
祖父がディサービスに行くときは必ずベレー帽とべっ甲のメガネ。。。
メガネは骨壷の中…これでおしゃれだったおじいちゃんも忘れ物なく、安心して行けるでしょ。
四十九日までは家の魂がいるって教えられました。
きっと家のどこかにいるんだろうと、お気に入りの廊下にはいつも座っていた椅子をそのままにしておいて…
生前と変わらぬような過ごし方。毎晩ウイスキーの水割りも作って供えて・・・
お寺にお骨を持っていくとき、私が抱いて家から出しました。
いってらっしゃい! そんな言葉が口から出てきます。
ようやく、大好きだった祖母のところへ行けるんです。くしくも、お彼岸の明けの日。
岸の向こう側で祖母が、兄弟が、仲間が待ってくれているはず。
法要の読経の最中のこと。ふと、心が軽くなったような気がして・・・
あっ、おじいちゃん、今行ったんだ。と感じました。
心の中で 『 いってらっしゃい 』 と言いながら手を合わせました。
これは、白鷺。偶然飛び立ったところを写しました。
お骨とともにいることで悲しみが現実となって押し迫ってくる…そんな風に思っていましたが、違いますね。
お別れまでの心の整理をつけるのに必要な時間だったように思います。
二人だけのお墓に入った祖父母。
不思議なことがありました。
祖母の納骨の後は迎えに来るなということでコンクリートで回りを固めた祖父。(開かないように)
なのに、祖母の骨壷の横に小さな白い骨壷が・・・
さて、これはどなたなのでしょう???誰にもわからないのです。
おじいちゃん、最後の最後に謎を残してくれました。
画像の右端が祖父。
昭和初期なのでしょうね〜
祖父との日常をつづっていくつもりで始めた書庫ですが、この書庫にアップするのは今日で最後です。
ご先祖様という位置に格上げされた祖父。
今ここに、大きな感謝をこめて…
ありがと〜〜〜次に会えるのは、私が格上げされてからね。
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祖父との日々
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おはようございます。
雨の関東地方。昨日は久しぶりの猛暑日でした。暑かったですよ〜
今日は半そでではちょっと涼しいかなぁ???
さて、今日は祖父の六七日(42日)です。
先ほど雨が降っていなかったので今だ!とばかりにお墓参りに行きました。
認めたくなかった現実がそこにも・・・
生前戒名をいただいていた祖父母。お墓も二人だけの墓石を作っていました。
祖母が亡くなったあと、祖父の名前だけ赤くなっていました(生きている人は赤くしておくらしい)
先祖代々のお墓と並んであるものですから否が応でも目に入りますし、祖母にも手を合わせますから…
白く彫りなおされた祖父の戒名。
あと3日でこの下に・・・(納骨です)
複雑です。。。。。墓碑にもしっかり祖父の名前が白く入っています。
今日は夕方から叔父たちを呼んで形見分けをするそうです。
お洒落さんだった祖父。タイピンやタイタック、カフスなどから着物、毛皮のコートなどたくさんあります。
祖父の生きた証があちこちに広がって残っていってくれる。
あぁ、祖母のときは子供だったから何が何だかわからないうちに済んでしまったのですが、形見分けって
こういうことなんですね〜
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おはようございます。
暑さ寒さも彼岸まで・・・
いつしかこの言葉もなくなってしまうのでは???
今日も真夏日となる関東地方です。(もうこの時間で暑いですもの)
昨日の夕飯時の会話から・・・
弟の娘(姪っ子ですよね)と一緒に食事を済ませ、団欒中。
『おじいちゃんは孫の成人式は全部終わらせて逝った』と、母。
沖縄の弟の子供は翔真と同じ学年(4か月違い)。
『お父さんはあと20年がんばらないとね』
そうすれば、玄孫の成人式も生きて迎えられる。・・・という話から。
父母、祖父母、曾祖父母。。。。さて、その次は???
翔真から見たおじいちゃんはその次にあたる。翔真は玄孫。ではおじいちゃんは???
『ん〜〜。。。ご先祖様』 と言ったのは私・・・
調べてみました。
直系尊属では「父母」1親等、「祖父母」2親等、「曾(そう)祖父母」3親等、「高祖父母」4親等、「五世の祖」5親等、「六世の祖」6親等 高祖父母というんですね〜
ちなみに英語では
great-grandfather は曾祖父。
姪っ子の携帯によると、高祖父は
great-great-grandfather だということです。
なんと、グレイトが2つもつく!!
ということで、今日の雑学終わり〜〜です。
残暑はまだ続くのでしょうか?
みなさん、体調を崩さぬようお過ごしくださいね。
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おはようございます。
朝から激しく雨が降っております。
んっ?今は小振りになったかな?
今日は木曜日。祖父が無くなって5回目の7日。35日です。
以前どなたかのお宅で35日法要があったのを思い出しました。(告別式の後すぐに)
最近は初七日法要も、四十九日法要も、納骨も告別式の日に執り行うことも珍しくはありませんね。
そのお宅は、なぜに35日法要をしたのか???気になって調べてみました。
四十九日(または三十五日)を満中陰といい、この日をもって忌明けとします。 それはわかりますよね〜〜
四十九日が三ヶ月にまたがる場合は、三十五日で切り上げることが多いようです そうだったのですね。3月またぎ!!
確か、出産のための里帰りも3月またぎは良くないって聞いたことがあります。
以上。
とりとめもない雑学でした。
昨夜、四十九日法要の会席のときに流すDVDが完成したと葬儀屋さんが持ってきてくれました。
祖父の写真を五十枚ほどピックアップして、祖父の経歴や家族構成、性格、好物などを記入する書類を
添付して預けてあったのです。(これは葬儀屋さんのサービスだそうで)
この葬儀屋さんでも初めての試みだということで一緒に見ることに・・・
kiroroの『未来』をBGMに、元気だったころの祖父、若かりし頃の祖父が画面に映ります。
日にちがたって、祖父の死を受け止められていたような気になっていましたが、やっぱり涙が…
祖父の人生での最後の写真が銀閣寺をバックにした写真。
2008年からの修復工事を終え、公開が再開された日に行ったのです(偶然)
新し物好きだったから良かったね。
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上は、アルバムの中に収まっていた書類。
これにより、祖父はシナ事変にかかわりがあったことがうかがい知れる。
調べてみたら、これは90円。1000円のものもあるようだから、功績によって金額が違うのでしょう。
まぁ、当時10代だった祖父は一兵卒にすぎなかったんでしょうね。
思い出と一緒に大事に取っておいたのでしょう。
大日本国帝国・・・そんな国が遠い昔に存在した。一つの証拠です。
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