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どんなことでも、スタートってありますよね。
たとえば、「初めてのお使い」「はじめての運動会」「はじめての彼女」「はじめての・・・」
そして「はじめての車」
この車のために、
自分ではじめて玉川警察署へ行き、車庫証明の用紙をもらって書きました。
妙に、警察署にはいるのが緊張して(別に悪いことしてないですけど)いたことを覚えています。
前にも書いたかもしれませんが、大学3年生でこいつを手にしたわけです。
朝は小田急線の駅員バイトで夕方は実家の店の手伝い、そして夜は塾の講師。
そこそこの頭金でローンが組めてしまいました。
当時は、バブル華やかかなりし頃、をやや緩やかに坂を下っていたかもしれません。
が、当時大学生の僕にはぜんぜん世の中の時勢なんてものは解りません。
(いまだに解りませんが・・・(笑))
一丁前に彼女がいたりして、
親の車でなく、なぜ?こんなボロを乗るの?
みたいな凍てつくような光線を全身に浴びながら、
強がって乗っていました。
ずいぶんしゃれた大学生でもせいぜいミニ止まり。
周囲からは(?_?)の顔をされたこともしばしば。
今考えれば、ずいぶん生意気な学生でしたね・・・
でも、思い入れのある一台でした。
ここから泥沼な英国車生活に入っていくのです♪
たしか、寒かったころの納車だったと思います。
購入のいきさつは、当時用賀から(英国車好きの方はご存じでしょうが、しゃれた英国車専門店※僕の行きつけのガレージではない・・・のあるところ・・・最近ではお茶の飲めるガレージが出来たようで、服まで飾ってありました)用賀中町通りか西用賀通りを世田谷通り方面へ向かって出て、そのまま世田谷通りを西へ下って、そのまま多摩堤通りへ出て二子玉川で国道246号を登ってゆくというのがジョギングのコースでした。そこに、2カ所に1台ずつうりに出ていました。
そして、いつも夜な夜なよだれを垂らしてのぞき込んでいたわけです。
1カ所の車屋さんはしばらくして無くなってしまいました。車がじゃなくて、車屋自体がです(^^A
もう一カ所はしばらく置いてありました。
それがこの車です。

ナンバーは5じゃなく7になって78です。今箱の車は登録ありません・・・
なんとしても手に入れようと、バイトの量を増やしたり、今までの貯金とか全部はたいてやっと手に入れた1台でした。
車屋さんには「遠くにいってはだめだよ」と言われましたが、夏には連日湘南へ行ってました(笑
うれしくてうれしくてたまりませんでした。

写真で見ると結構いいですが、ボディはさびてて、ぼろぼろ。なかはガビガビ。
それで、100万オーバーでしたから、それ考えたら今手元にあるそれは、「程度がよい」ことになります。このテールフィンにあこがれました。
今でもそうですが、僕が大好きな角度です。
マグネットもお知りのかたちが最高によい!のです。
まあ「男のサガ」みたいなものでしょうかね?(笑
さて、すこし恥ずかしげに乗っていたマルーンのVPPも、「別れ」がくるのです。
いつ何時かと言いますと、警視庁のまんまえで、前方不注意車の犠牲となりノンブレーキで追突されあえなくサンドイッチに。前後ろがつぶれたまんま還ってきました。
その後、2台目のプリンセスとなるのです。

この写真は駿河台の大学の近くで撮りました。
大学付近まで乗って行ってました。
なんて悪い大学生なのでしょうか??
きっと、罰が当たったのでしょうね。
いま思い出してみるとシートは紺で、座るとめりって言うほど硬かったです。
そして、イグニッションキーはコラムに差し込むタイプで時計はイエーガーでした。
ウッドパネルはぱりぱりです。
よかったのはクーラーが付いていて助手席の人が寒いくらいでした。
今考えればつり下げ式のクーラーが付いていたのですが、パネル部分を台無しにしているようでした。
それに比べて、今手元にあるヤツは付いていないので、良かったかもしれません。
そこそこ走る絶好調車であったのが残念です。
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