長良川のほとりから

19キロ超え、減量はまだ続く?そろそろいいかな。

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どうも大賞には無縁だ

昨年募集のあった手書きの手紙

凝りもせず、
 
エッセイや作文にせっせと投稿しているmh。
 
先日、
 
見慣れない名前の女性からメールが来たので、
 
迷惑メールと間違えそうになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この度は、
 
○○へのご応募ありがとうございました。
 
選考の結果、
 
貴方様は書店員特別賞に選ばれました。
 
 
 
 
 
 
 
何にも選ばれないよりか、
 
ま、いっか。
 
雑誌には名前も載っちゃうし、
 
記念に買うとしようかな。
 
 
 
 
 
 
しかし、あと一つ、選者の心を動かす何かが私には不足しておるようで、
 
なかなか上位に入れない。
 
今回は230作品余りのなかの数点だが
 
応募数が伸びなかったのは、
 
手書きであることが条件だったからだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
商品の図書カードが届く頃には、
 
全国に雑誌も出ておるかのう。
 
ま、これに懲りずまたチャレンジするべ。

誕生日です

めでたい年でもありませぬが

イメージ 1
 
 
本日
 
私はまたひとつ年をとる。
 
正確には午後1時11分にであるが。
 
 
 
 
学校ではとかく先生の年齢は子どもの気になる要因のひとつらしい。
 
何度、年齢を聞かれたことか。
 
私は今日で105歳だと言ってある。
 
実は魔女なので年もとらないという言い訳をすることもある。
 
 
 
 
子どもたちが発する年齢は、
 
実年齢より6つ以上若い
 
心の中でガッツポーズをする。
 
 
 
 
 
 
私の今年は、
 
どんな年になるだろうか。
 
差し詰めチャレンジの年とは年始に書いたが、
 
貧乏暇なしの人生になって6年目。
 
こここそ踏ん張りどころとばかり、
 
今年の私は努力する・・・予定。
 
 
 
 
 
公募ガイドを読みながら、
 
賞金のもらえそうなエッセイ応募にも
 
挑戦するつもりで物色。
 
だが、学校のほうの仕事もたまっているんだなこれが。
 
放置できないので、
 
これもやっつけねば。
 
 
 
 
 
 
 
早速昨日の段階で、
 
二人に贈り物を頂戴した。
 
有難いこと。
 
持病と闘いながらも、
 
無事に一年が過ぎていきますように。
 
 
 
 
ここで、新しい誰かと、
 
新たな出会いがありますように。
 
家族3人、
 
細々と生きていけますように。
 
 
 
 
 
 
 
 
目指せエイジレス。
 
今日も魔女はがんばるぞ。

入賞する

毎年応募していたある作品が

mhは、
 
ここ5年ほど、
 
毎年とある作品募集に、
 
必ず応募している。
 
1500作品平均の応募数。
 
一次選考、二次選考と続く。
 
全国から応募がある中で、
 
最終選考の50名には
 
お陰様で必ず作品が残る。
 
まあ、そこまでで一応
 
 
 
 
佳作
 
 
 
 
として表彰されるのであるが、
 
少額の賞金と副賞、賞状を頂戴し、
 
旅費は自腹なので、
 
今まで2回しか行ったことはない。
 
 
 
 
 
 
 
1度目初入賞は一人で参加してみた。
 
2度目は家族も連れて行ってみた。
 
家族はそれぞれ自分で時間を過ごし、
 
3時半に新幹線の駅に集合にしておいたが、
 
おのおの楽しい旅行となった。
 
 
 
 
 
昨年は、入賞したが、
 
同じ場所に大枚叩いて自腹で行くのも憚られ、
 
出席は辞退した。
 
賞状や賞金、副賞は送られてきた。
 
 
 
 
 
 
 
さて、それが今年は事情が違うようで、
 
私の文章力がアップしたのか、
 
コンクールそのもののレベルが低下したのか、
 
その辺は定かではないが、
 
mhの作品は
 
優秀賞
 
を受賞した。
 
有難いことに
 
ご招待である。
 
 
 
 
 
1泊2日二食付で、
 
ご立派なホテルに宿泊出来る。
 
もちろん旅費も出るし、
 
賞金は佳作のころの倍になった。
 
 
 
 
 
 
 
今年ラストのご褒美になりそうだ。
 
来月最初の土日は
 
表彰式出席のため、
 
新幹線に乗るぞー。
 
 
 

お金を使うことが好きな母は

私の結婚が決まったころ、
 
仕事からかえると、
 
へんな業者がキッチンを占拠しているではないか。
 
台所をおかりしていますというその業者は
 
どうやら、ステンレスの5層鍋を売りつけにきており、
 
嫁入り道具にそれを私に持たせたいと、
 
買う気満々の母が、
 
てぐすねを引いて私の帰りを待っていたところに出くわしたというわけだ。
 
 
 
 
 
訪問販売も盛んだった昔、
 
田舎では警戒心がかけておるので、
 
こうやって、男女で売る人と作る人がセットでやってくると、
 
なんだか素晴しい物が出来る気がしたし、
 
普段食べなれないものを簡単に拵えてくれるとあって、
 
母は
 
もうかなり興奮状態にあった。
 
 
 
 
 
 
買ってもらえる余裕は充分にあった当時の我が家は、
 
私が、うん、ほしいわ!
 
といえば即金で購入だったと思われる。
 
ただ、バカではないので、
 
一応効能も知りたいし、
 
値段の価値があるか否かは知るべきだと思ったので、
 
質問をしまくった。
 
業者が焦りだしたのは、
 
癌の予防になるという根拠のない記事をもって、
 
それを前面に出した時だった。
 
 
 
 
宣伝に錦野あきらを利用し、
 
この人達も絶賛しているという。
 
当時、奥様は前のかたで、
 
その方は病気だったはずだった。
 
その事も突っ込みを入れたらしどろもどろになった。
 
 
 
 
よのなか、鍋で癌が治るなら、
 
みんな病院に行かないで鍋を買うでしょ。
 
じゃなぜ
 
そこまで鍋は浸透していないのさというと、
 
これからだという。
 
後悔しますよと連呼していたので、
 
 
 
 
私が普通の鍋で癌になったら笑ってください!
 
 
 
その頃には、
 
日本中でこの鍋を買わなかった人が、
 
癌になっていましょう。
 
あなた方は、鍋をつかって救われてください
 
そしてその時新聞やニュースで大々的に発表してくださいね。
 
 
 
鍋で癌にならなかったと
 
 
 
そしたら後悔させてもらいます。
 
お引取りクダサイ
 
さっさと片付けて帰っていった。
 
母はまだ騙されていると考えてはいなかった。
 
 
 
 
当然、父にそのできごとを報告するところとなった。
 
私は、セールスを追い払った英雄として、
 
父には褒めてもらえるつもりでいた。
 
ところが、父はゆっくりとこういったのである。
 
 
 
 
 
俺の選んだ女房や。
 
俺が好きなものを買わせてやっている、
 
全ては俺の甲斐性でやっていることで、
 
娘のお前に弁償をしろと言っているわけではない。
 
母さんがどんなバカな買い物をしようが、
 
お前のしゃしゃり出るところではない。
 
娘に良かれと思って買おうとしていただけだから、
 
そう俺の女房をせめるな。
 
 
 
 
と言われてしまったのであった。
 
私玉砕。
 
 
 
 
こんな男と結婚したいと思ったのであった。

御籤に纏わる話

あの大凶を引いた年とは


mhは一応自分で着物を纏える。

着付けの資格を取得はしていないが、

なにせ若い頃から和装で出席する場所が多かったこともあり、

着付けは習っておいたのである。






お茶会、御花、お琴と、

和物が好きだったので、

あらゆるシーンに着物は必要だった。

母が着付けてくれていたのだが、

ある日、それが凄く痛いことを知った。

どうも同じ位置に「コーリンベルト」(和装小物の商品名)があたり、

その部分だけが赤くなるのである。

冗談じゃないやい、

だったら自分で着てやろうじゃんと思ってお稽古に通って、

ちゃんと袋帯までは自分で結べるようにしておいた。






さて、話がそれた。

今年も着物は纏うことなく過ぎたが、

当時は例年どおり、

正月は着物を纏っていたmh、

その年も正月のデートに着物を着付け、

ボーイフレンドの到着を待機していた。

若き日の話である。










その彼と大きな神社に初詣に出かけた。

先の御籤の出来事は、

その時に起きた話であり、

御籤を引けば引くほど青ざめていく私に、

彼は上手く声をかけられなかったのであった。

若い彼には、

それだけの語彙がなかったのかもしれない。

読書家だったが、

表現力には乏しい人とでもいうのか、

会話で慰めるような器用な人ではなかった。

あるいは、

殺気立った私の形相を横目に、

もしかすると、泡を吹いていたのかもしれない。







大凶、大凶、凶と、

トリプル凶のmhは、

言葉もなくその神社を後にした。

彼も気まずい気分だったであろう。

そのあとどこかに出かけた記憶もなにも飛んでしまっている。

が、そのときは、

それが、

長年付き合い、

結婚したいと考えていた彼との「最後の初詣」になろうとは、

想像さえしていなかったのである。










この御籤事件から15日ほどして、

私は彼に将来をどう考えているかを問うた。

結婚の意志がなかったら、

やはり自分も考えなければならない。

ところが、

自分に自信が無かったmhは、

この彼を失ったら、

自分はもう結婚できないだろうと信じて疑わなかったのである。

本当に、

若いとは浅はかで、無知で、愚かなのだ。









この彼と私のデートは私の自宅であった。

父と酒を飲み、

家族でご飯を囲み、

私とテレビを見て帰るという、

今の若者には考えられないようなものだったと思う。

お金を貯めるために、

外食をさけ、

貯金を私が管理して、

めったに外で遊ばず、贅沢はせず、

いったい何が楽しかったのだろう。

一緒にいられればよかったということだろうか。

私の親は安心出来ていたであろう。

娘はいつも自宅にいて、

ご飯も拵えて、そこに彼もいて、

なにも不安などなかったに違いない。












この年、mh25歳。

田舎では適齢期を過ぎていた。

私達の間には、

障害があった。

彼の母親のこの縁への猛烈な反対。

むこう5年に及ぼうとしていたこの障害は、

結局、この母親の思う壺という形で終焉を迎えた。









若かりし日のmhは、

この彼に言ったことがある。






「ねえ、一度だけでいいから私があなたの母親になりたい。
 そして、思い切り中を引き裂いて反対してやるの。
 どんな気分か味わってみたい」




彼を困らせることは承知で、

それでも言わずにいられなかった。









トリプル凶御籤は、激動の一年の幕開けの合図でもあったのである。







しかし、新たに新しい出会いの年ともなったわけで、

私はこの一年で、

大きな別れと、

新しい出会いと、

結婚までしてしまったのである。






恐るべし御籤パワー。

何が起こるか不安になったのは、

そのせいである。

まあ、今はそんなことに一喜一憂するほど、

若くもなければ、

経験も浅くないわけで、

過去の悲しき思い出の一つとでも記しておこう。

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