東京散歩研究

日々、発見・感動を求めて東京を散歩してます

銅像(自由)

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銀座の路地の角にエンジェルがいました。

かわいいエンジェルのお尻を触る「バディ」。

知らないおばさんに笑われた。

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麻布十番のパティオ十番に
「赤い靴の女の子 きみちゃん」像があります。

誰もが知っている童謡、野口雨情の「赤い靴」。
この童謡は大正10年に書かれ翌11年に「本居長世」が作曲したものです。

「きみちゃん」は赤ちゃんのとき、
いろいろな事情で母親「岩崎かよ」につれられて北海道に渡ります。
母親に再婚の話がもちあがり、かよは夫の「鈴木志郎」と開拓農場に入植することになります。
当時の開拓地の想像を絶する厳しさから、
「かよ」はやむなく三歳の「きみちゃん」を
アメリカ人宣教師「チャールズ・ヒュウエット」夫妻の養女に出します。

「かよ」と「鈴木志郎」は開拓農場で懸命に働きますが、
静岡から呼んだかよの弟「辰蔵」を過酷な労働の中で無くし、
また、開拓小屋の火事など努力の甲斐なく失意のうちに札幌に引き上げます。

夫の志郎は「北鳴新報」という小さな新聞社に職を見つけ、
同じ頃この新聞社に勤めていた「野口雨情」と親交を持つようになります。
「かよ」は世間話のつれづれに、
自分のおなかを痛めた女の子を外人の養女に出したことを話したのでしょう。

「きみちゃんはアメリカできっと幸せに暮らしていますよ。」
こんな会話の中で、詩人野中雨情の脳裏に赤い靴の女の子のイメージが刻まれ、
「赤い靴の女の子」の詩が生まれたのです。

「きみちゃん」が亡くなった孤児院、それは明治10年から大正12年まで
麻布永坂にあった鳥居坂教会の孤児院でした。
三歳で母「かよ」と別れ、六歳で育ての親の「ヒュエット」夫妻とも別れた「きみちゃん」は、
アメリカに行くことなく、病気になり幸薄い9歳の生涯を閉じました。

 

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新宿文化センターにあったヌー銅を撮りました。

今回は、バックの緑が美しいのでカラーです。

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関内・伊勢佐木町にあったヌー銅。

下半身は、パンツをはいている。
パンツにやや腹がのかっているリアルなヌー銅でした。

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