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名古屋で開かれた会議のレセプションでは、名古屋の「ねのひ」というたる酒が ふるまわれた。ほんのり甘みがあり、あっさりした飲み口で木の香りが清清しい。 レセプションの後は、会社の偉い人たちと一緒にホテル最上階のバーへ。 ホテルのバーに行く機会はめったにないので、「五月晴れ」というオリジナルカクテルを オーダーしてみた。他の人はギネスビールとロングアイランドアイスティー。 グリーンアップルのカクテルと名古屋の夜景は、少し色が似ている。 私が勤める出版社は医書専門だけあり、理事長は医師で老人医学の専門家だ。 人に限らず動物の老化について研究しているそうで、最近はテロメラーゼという染色体の 端っこにある物質(?)によって老化や寿命が決まるというレポートが出ていると教えて くれた。また、脊椎動物の場合は、脳と体を比べて脳の比率が大きい動物ほど寿命が長いと いう説もあるとのこと。老化に対する研究は、まだまだわからない部分も残っているとはいえ 遺伝子レベルで進んでいる。いつか老化しない日はくるのだろうか。
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酒
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恵比寿のメガネ屋さんに夫のメガネの修理をお願いした帰り、ガーデンプレイスのなかにある 「恵比寿麦酒記念館」に立ち寄った。ここはサッポロビール本社の下にあり、恵比寿という土地と ビールの深い関係についてたくさんの資料が展示されている。 館内には有料でテイスティングできるカウンターもあり、エビスやサッポロ(\200〜250)の他、 テイスティングセット(\400)で数種類のビールを味見することもできる。 まずは見学の前に一杯。 パンフレットによると、1887年(明治20年)に日本麦酒醸造会社が、当時三田村と呼ばれていた 現在の東京・目黒区三田に工場を設け、「恵比寿ビール」の生産を始めたという。 「恵比寿」の名はもともと商品名で、「恵比寿ビール」がメジャーになり、人々に親しまれるにつれ、 駅や街の名前としても定着していった(こういう例は珍しいとのこと)。 幕末に撮影された、若い2人の武士がビールが入ったグラスを片手に、にこにこしている写真は 2人の表情がちょっと得意げに見えて、なかなか興味深かった。当時、ビールはスノッブなものだった のだろうな、きっと。 ビールと広告のコーナーでは、歴代のサッポロビールの「顔」が出迎えてくれる。 当たり前だけれど、岩下志摩も三田佳子も若くて可憐で、私にはとても新鮮。 親戚のおばさんの若いときの写真を見たときのような感じだろうか。 夫は三船敏郎の「男は黙ってサッポロビール」の広告を懐かしがっていた。これは1970年に放送 されたものなので、私はまだ生まれていない。 館内はそれほど大きくはないけれど、面白い資料が多く、気がつくとあっという間に1時間以上が 経っていた。
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年末年始は来客が多い。 31日から3日まで離れて住む家族や友達が、入れ替わり立ち代わり訪ねてきた。 驚いたことに(ではないけれど)、みんなの手土産は一様にしてお酒だった。 夫はアルコールがまったくダメ、飲むのは私だけなのだけれど。 夫の友人は秋田の「新政(あらまさ)」を一升瓶で持参してきた。 このお酒は、あっさりしたやや辛口の風味で、冷かぬる燗か合う。 次の日の来客からは、埼玉の「寒梅・しぼりたて生酒」をいただいた。 こちらは、麹の味が華やかで香りがいい。やっぱり冷で飲んだ。 その次の日の来客は、ドイツワインとイタリアワインを携えてやってきた。 いわく「正月は日本酒ばかりで飽きただろうと思って」。 なるほど、そうだね、というわけで、おせちやウニ・イクラをつまみに みんなで1本空けた。 来客のおかげで、いろいろなお酒を日替わりで楽しんだお正月だった。 (一応、ホステスなので、セーブしながら飲んだせいか、二日酔いはしませんでした!)
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また出張で新潟に行った。本当は先週の訪問で用事が片付くはずだったのに 結局、仕事が長引いて今週も行くことになった。少し困ったような顔をしながら 内心は嬉しくこの話をきいていた。今度こそ、この前買えなかったエチゴビール を買わなくては。あと柿の種も。 下心を持って行った新潟の仕事は、案外あっさり終わり、目的の品々も無事に買い、 万事予定通りに終わるかに思ったら、帰りの新幹線にお土産が入った紙袋を忘れて きてしまった。翌日、東京駅に電話で問合せると届いているという。事細かに遺失物 の特徴を話して、夜、引き取りに行った(会社の電話で「エチゴビールの3本パック」 と言うのは恥ずかしかった)。 この出来事のせいではないけれど、なんとなくもったいなくてビールはまだ飲んでいない。
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ウィスキーも焼酎もビールも、特に銘柄にこだわらない。 |




