私の大きな転機のきっかけになったものは
尊敬する上司の
「裁判官になっていなかったら、私はガウディのような建築家になりたかった」
という言葉だったと思います。
上司は、地方裁判所の長官を経て、
定年退官後に弁護士になった人でした。
私は28歳の誕生日を過ぎた頃、30歳を目前にしてなんとなく悩んでいました。
「このままでいいのかな、私」
当時、弁護士たちの下で補佐的業務を行っており、
職場環境も給与面においても私は恵まれていたと思います。
だけど、
「これでいいのか?」
という思いがいつも胸の中に在りました。
それは
現在の自分の在り方の否定ではなく、限られた時間の中で、
「今もっと、自分がすべきことがあるのではないか?」
との疑問でした。
そんな中ある日
上司に食事に誘っていただいた席で
「裁判官にならなかったら、ガウディのような建築家になりたかった」
との言葉を聴いたのです。
私はたまたま、その話を聴く数日前に、
バラガンやガウディといった建築家に関するドキュメントを観て、
スペインにおける
サグラダファミリアを始めとするガウディの建築の壮大さ、
さらに彼の建築構想のスケールの大きさに感動したのでした。
だから、
上司がなぜガウディに憧れたのかが手に取るようによく解かったし、
私は自分にもっと理想を持つこと、自分がどうなりたいのか、
どうしたいのか、何を叶えたいのか
「それらを『今』考えなければならない」と思ったのです。
なぜ『今』なのか
それは夢に向かって走れる時間には、
どうしてもタイムリミットがある、と考えたからです。
なぜなら私は、
こどもやだんなさんといった家族、そんな家族を支える人生もまた、
それもステキだと考えていたし、
子どもの成長を見守れる「母親」、旦那さんと二人三脚の「奥さん」
にもなりたいと思っていたからです。
要は、欲張りなのかもしれませんが、
恋愛も仕事も、結婚も家庭もあれもこれもと
全部いっぺんに叶えたいとはさすがに思わないし、
それは無理なので、
ひとつずつ段階を踏みながら、
「後悔のないように」と思いながら、ここまで歩いてきたように思います。
結婚しない・子どもを欲しくないと決めているならともかく
女性はどうしたって、結婚後の出産で、
一度、仕事に踏ん切りをつけなければならない。
そう思ったら、
私にはもうそれほど時間はなく、
私は自分の足で動いて、自分で立案し、提案する仕事がしたい。
「なにかを生み出す仕事がしたい」
と考えるようになっていました。
ある意味本物の「自立心」が芽生えた時だったのかもしれません。
そして
多くの心ある人たちの助けを借り、また不思議な縁に導かれるように、
現在の事務所へ就職が決まりました。
建築の知識も経験もゼロの私に、設計の道が開けるなんて周囲の人も
とても驚いていました。
「絶対、希望通りの進路を決める」
その一念、それだけで、すべてを塗り替えてしまったような。
あの時の転職にかける情熱は
我ながら、すごいエネルギーだったと思います。
さて現在は
「ガウディのような建築家」とは・・・
程遠いけれど(笑)
多くの人と関わりながら『無』から『有』を生み、
形になることで苦しみから脱して、その喜びを仲間と分かち合う。
「創造する喜びを知ること」と、「人に喜んでもらえる仕事をすること」
を実感することが出来ています。
それに理系の面白さも実感しています。
色々な企業さんの技術を知り、現場を見る中で
「理系は社会に直結した分野なんだなぁ」
とつくづく感じます。
今までの「不可能」を「可能」に塗り替える技術が生まれてくる。
それが理系の現場。
あちこち見渡し、知れば知るほど興味深い話ばかりです。
私が憧れた上司についてですが
180cmぐらいあるガッシリとした体格のメガネをかけた先生で、
ダブルのスーツに、ポケットチーフを品良く胸に挿してらして、
いつも堂々としたたたずまいで、
お会いするこちらの背筋が気持ちよく伸びるような方でした。
イメージするのは児玉清さんでしょうか。
仕事中はいつも
「○○さん、お忙しいところ、ちょっとよろしいですか?」
と、誰に対しても優しく丁寧に話しかけられる先生でした。
物腰柔らかく本当に紳士で、憧れの上司であり、
おこがましい話ですが
心の中では、父のように慕っていました。もう大好きで、大好きで。
よく事務局のみんなを食事に誘って下さったのですが、
本当に嬉しくて、お話できるのがいつもとても楽しみで。
事務所のみんなにとっても、あたたかくてやさしい、
みんなを照らす太陽のような人でした。
そんな先生が亡くなったのは、昨年の11月末近く、
それは折りしも
先生のお誕生日の朝でした。
この進路変更の話をするとき、先生の言葉が思い出されます。
「裁判官にならなかったら、ガウディのような建築家になりたかった」
今も鮮やかに、いつも私の心にいる先生です。
先生と一緒にお仕事を出来た時間が、
私にとってはかけがえのない時間ですし、誇りでもあります。
つらいときでも、先生のことを思うと、
どんな時も
「負けずに頑張ろう」と思えるそんな存在です。
今年のお盆は、私は福岡の実家に帰らず愛知にいます。
先生の初盆なので、手を合わせに行こうと思っています。
先生の奥様とも、久しぶりにお話をしたいし、
やっぱり、いまも父のような先生が恋しくて、会いたいので。
実家の福岡には9月の連休に帰ろうと思っています。
これはある人へ書いた手紙の内容をここへ転記しました。
私が、法律事務所から設計事務所へ転職したことを話すと
「なぜ?」「きっかけは?」
とみなさんに必ず聞かれるので、
自分の中でも整理をしておきたいと以前から思っていたこともあり
今回文章になりました。
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