共生浄土を求めて 時事・歴史

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コルベ神父のおかげで

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「コルベ神父のおかげで」


コルベ神父の事跡をはじめて聞いたのは、
もうだいぶ昔、
まだ高校生の頃だった。

その時の感動は忘れられない。

私はクリスチャンにはならなかったし、
今もなろうとは思わないけれど、

心のどこかで常に、
コルベ神父のように、
ありたいと思ってきた。

だから、
世の中の風潮に無批判に従ってはいけないと思って考えてきたし、
核や道理のない戦争には反対の声をあげてきた。

コルベ神父に比べれば、
比較にならないぐらい小さなものだけれど、
私がそうしたことができてきたのは、
心のどこかにコルベ神父の生き様が放った光があったからだと思う。

二十世紀は、
人間に絶望する材料は山のようにのこした。

いつの時代もそうだろうけど、
二十世紀には、
多くの人がシステムの歯車になり、
ネジになり、機械になりさがって、
上からの命令にただ従うだけの人間になってしまった。

ホロコーストで大量のユダヤ人を殺戮したのに、
上からの命令だし義務だったといって、
裁判においてなんら反省の色がなかったアイヒマンは、
そのような機械人間の最たるものだったろう。

しかし、
そんな時代の中でコルベ神父は、
パンドラの箱の一番奥から出てきたかのように、
希望の種を確実に蒔いた。

ホロコーストの極限状態において、
身も知らぬ人のために、
身代わりを申し出て、
自ら餓死室送りになった。

それは、人間がシステムや暴力によっても支配されず、
自らの意思で人間たりえることを、
確かに示した。

人間が自由であること、
愛に生きることができることを、
何よりも確かに示した。

私たちはどんな状況においても、
何であるかを決めることは、
きっとできるのだと思う。

状況そのものを変えることは、
たとえできないとしても、
状況を変えるには、
あまりにも非力で無力だとしても、

状況に対して、
出来事に対して、
どのような態度をとるかは、
きっといつも自分の選択であり、
自由なのだと思う。

そのことを、
コルベ神父は示してくれた。
そのことに、
本当に感謝せずにはおれない。

私は、クリスチャンではないし、
生まれた時代も国もコルベ神父とは異なるけれど、

いかなる状況や出来事に対しても、
自分が自由であることを忘れず、
どのような態度をとるかは自分自身の選択だと知って、

コルベ神父のように、
憎しみではなく愛を、
暗闇ではなく光を、
不信ではなく信を、
示すような生き方を選び取って生きたい。
本願を選択して生きていきたい。

コルベ神父のおかげで、
どんなに二十世紀の歴史を眺めても、
私はなお人間に絶望せず、
希望を持っていられる。

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こんにちは。miaさんの言葉はいつも本当に的確に、真理の光を捉えておられますね。神父様も、きっとお喜びでしょう。私の手元にも、フレームに入れて遠ざけずに、神父様の1枚の御絵があります。コルベ神父様、前のパパ様、ポピエウシュコ神父様をいつも想起しています。「愛に輝く死」という形容を、最近ほんとに実感しています。人間の尊厳の勝利、神からの善性の勝利、キリストの勝利を感じています。

2006/8/15(火) 午後 5:30 [ - ]

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コメントありがとうございました^^ marielさんが、八月十四日がコルベ神父の記念日だと教えてくださったおかげで、その機縁で前に買って本棚に眠ったままにしてたコルベ神父の伝記を読むことができました^^感謝しております^^愛に輝く生、愛に輝く死、いい言葉ですね^^キリストの勝利、阿弥陀仏の勝利を信じていきたいです。

2006/8/15(火) 午後 7:22 [ miamasavin ]


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