共生浄土を求めて 時事・歴史

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「米軍機の低空飛行の話 機銃掃射をするかしないか」


たまたま見たテレビの番組で、
戦時中の思い出話があっていて、

あの時代は、
アメリカの戦闘機が、
低空飛行で、
おもしろがって、
機銃掃射をすることがよくあったという。

ドラマや回想録でもよく、
田舎の畦道とかで、
女性やこどもが、
米軍機の低空飛行の機銃掃射の犠牲になった話が出てくる。

それで思い出したのだけれど、
私の父方の祖母が話していたこと。

たまたま田舎の畦道を歩いていたら、
アメリカの戦闘機がすぐ近くまで飛んできて、
乗っているパイロットと目があったという。

顔がはっきり見えて、
目があうぐらいまで近くに来たらしいが、
そのままその戦闘機は飛んでいっていなくなったと。

もし、その米兵が、
他の米兵のように、
おもしろ半分、ふざけ半分に、
機銃掃射をしていたら、
あるいは今の私は存在しないかもしれない。

私の祖母は、
とてものんびりして平和な人間なので、
おそらくその時も逃げもせずに、
のんびりと見上げていただけだったのだろう。

前に聞いたときは、
よくそれがどういう状況なのかわからず、
そんなこともあったんだねー、ぐらいに聞いていたけれど、
けっこうきわどい、
運命の分かれ道の瞬間だったように思える。

戦争という状況にあって、
同じように戦闘機に乗っていても、
機銃掃射をする人としない人がいる。

祖母と目のあった米兵が、
どういう人だったのか、
ぜんぜんわからないし、
名前すらぜんぜん知る術がないけれど、

きっと面白半分に銃をうったりすることがない、
まともな人だったのだろう。
心優しい人だったのかもしれない。

きっとその背景には、
そういう人を育てた、
家庭や地域があったのかもしれない。

そればかりは、
もう運命のようなもので、
機銃掃射で非業の死を遂げた人も、
うちの祖母みたいに何事もなく助かった人も、
その差というのは、
きっと自力を超えた他力のはからいとしか言いようのないものなのだろう。

日本を空爆していた米軍に感謝する筋合いはないし、
そもそも米軍機が、
非戦闘員の民間人を殺傷することが多かったこと自体が、
大問題だったと思うけれど、

同じ状況の中で、
ちょっとした選択の違いが、
人のいのちを助けることも殺してしまうこともある。

そんな積み重ねの上に、
今の自分もあるのだなあと思うと、
なんとも不思議な気がしてならない。

私の父方の祖父は、
ちょうどその頃大陸に出征していたそうだけれど、
後方の補給部隊だったこともあって、
一度も人を殺さずに済んだそうだ。
銃を撃つような局面でも、
撃たずにすましていたらしい。
ひょっとしたら、
それで死なずに済んだ人もいたかもしれない。

もし戦争があったら、
いや、戦争ではなくても、
何かしらちょっとしたことでも、

私は、祖母と眼のあった米兵や、
私の祖父のように、
少なくとも避けられる局面では、
人に向かって決して発砲しない人間になりたい。
決しておもしろ半分に人を撃ったりしない、
そんな人間でありたいと思う。


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