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「一切愛 ―永劫宇宙の働きのおかげ」
一切が永劫宇宙の働きのおかげであり、
永劫宇宙の恩恵でないものはひとつもない。
そのことが全然見えず、
わからなかった。
そんな愚かな私が、
いっぱしに賢いつもりでいて、
何の感謝も知らずに生きていたのだけれど、
世の荒波に打ち砕かれ、
念仏を称える身にしていただき、
念仏を称えるうちに、
ようやく少しずつ、
ほんの少しだけわかってきた。
私だけの力でつくったものなど、
この世にひとつもない。
私の力だけで生きていた時など、
ただの一瞬もない。
すべて、永劫宇宙の働きのおかげだし、
いつも永劫宇宙の働きに生かされている。
その永劫宇宙の働きのことを、
むかしの人は阿弥陀仏と言っていたわけだけれど、
南無阿弥陀仏と称えているうちに、
ようやくそのことが少しずつわかってきた。
般若心経のいう、
無自性というのも、
要するにそういうことで、
自分の力だけでは何もありえないということ。
一切皆空というのも、
阿弥陀仏に生かされている真理のことで、
言い換えれば、
一切愛ということ。
南無阿弥陀仏も般若心経も、
やっとこの頃になって、
この年になって、
少しだけその意味がわかってきた。
恩返しなど到底できない、
莫大広大な恩愛だけれど、
せめて恩を知らないよりは、
この阿弥陀仏の恩に報い、
感謝していきたい。
阿弥陀仏への報恩謝徳の生き方というのが、
真実の生だというのが、
やっとすこしだけわかってきた。
み名を称え、
永劫宇宙の働きを讃えて、
一心称名報恩に生きるとき、
きっとそこに、
永劫宇宙の本当の光がさす。
本当の幸せというものはそこにある。
気付くのが少々遅かったけれど、
これからは片時も忘れまい。
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