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「科学と宗教は本当はひとつ」


もし、阿弥陀仏が“真実”という言葉を、
言い換えた表現であるならば、
(そう弘法大師や一遍上人は言った。法然上人や善導大師も似たようなことを)

科学と宗教は、
本当は一致するものだろう。

真実という生命体に触れる、
二つのアプローチということになるだろう。

だから、

科学に背を向け、
科学を無視するのは、
虚仮の宗教ではあるまいか。

本当はきっと、
この宇宙の真実を探求する営み、
人間の真実を探求する営みが、
そのまま、
念仏の生活だ。

真実を知り、
認識する一歩一歩が、

阿弥陀仏に触れる一歩一歩、
白道の一歩一歩。

そうなってこそ、
阿弥陀仏という、
真実の生命体に真に触れることだと思う。

宗教を失った科学は、
核兵器などの、
さまざまな害毒を撒き散らす狂気となって、
人類を破滅の淵まで追いやっている。

一方、
科学に背を向けた宗教は、
空疎な虚妄の夢の中に耽っている。

科学と宗教をひとつとするような、
そんな営みを、
念仏の中で真摯に求めてこそ、
真の往生(救済)もあろう。

宗教と科学は、
ともすれば互いに背を向けあってきたけれど、

この二つが一致する時、
本当に人間を救う営みとなると思う。

そこに、きっと、
本当の往生も、
本当の救済もある。

宗教とは、
要するに宇宙の愛に触れ、
人間の愛に触れることであり、

科学とは、
要するに宇宙を知ることであり、
人間を知ることであろう。

愛するとは、
知ることであり、
知ることは、
愛することでもあるはずだ。

そして、真に生きるとは、
愛することであり、
知ることである。

閉じる コメント(5)

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こんにちは。昔、本を買いそびれて、とても残念な思いをしたのですが、確かSF作家のアシモフ博士(違ってたらゴメンナサイ)が「宇宙の秩序を通して神を知る」という内容の自伝を出しておられたようです。映画の「コンタクト」でも大統領付きの若い牧師が、同じことを言っています。初めて人ゲノムを解析し、全ての生物が1つのDNAの塩基配列のバリエーションで成り立っている事を知った科学者が「やはり神は存在した」と言いました。これからの展開が、楽しみですね。

2006/8/21(月) 午後 2:15 [ - ]

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ごめんなさい。アーサー・C・クラーク博士の間違いでした。今、思い出しました。

2006/8/21(月) 午後 2:24 [ - ]

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「コンタクト」むかし映画館に見にいったのですが、その大事なメッセージをぜんぜん覚えていません(><)wもう一度見ないとですね^^; クラーク博士のその本、探して読んでみたいです^^ ニュートなど、熱心なクリスチャン神秘主義者で、信仰と科学が一致している人多いですよね。仏教でも、宮沢賢治や南方熊楠が信仰と科学の一致を目指していたようですけれど、あんまりその遺産が生かされていないように思われます。これから、そういう展開がもっとあるといいですよね^^

2006/8/21(月) 午後 6:03 [ miamasavin ]

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はじめまして。科学と宗教が 相補的であるという論ですね。私の、これは青年時代以来のテーマでもありますが、今は お説に懐疑的です。合掌

2006/8/22(火) 午後 9:14 [ kyomutekisonzairon ]

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以前書き込んでいただいたことありますよ^^ そうですね、今までの人類の歴史を見れば、懐疑的になる材料の方が多いかもしれません。私としては、現実が相補的であるというよりは、相補的となる道を探っていきたいと思っております。

2006/8/22(火) 午後 11:19 [ miamasavin ]


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