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「映画『死者の書』を見て」
先日、
『死者の書』という映画を見にいってきた。
奈良時代の中将姫の伝説がモデルで、
原作は折口信夫らしい。
川本喜八郎さんの、
世にも不思議な人形アニメーション。
映像を見ながら、
なんでこんなにスムースに人形が表情豊かに動くのか、
ふしぎでしかたがなかった。
パンフレットをあとで読むと、
ちょっとずつ人形を動かして一コマずつ撮影し、
二十四コマで一秒という、
気の遠くなるような作業だという。
物語の筋は、
まだ上映中の映画なので、
あんまり書いてはいけないのだろうが、
とても不思議な、
美しい物語だった。
主人公の藤原豊成の娘の郎女・中将姫は、
声優を宮沢りえがやっているのだけれど、
とてもよく似合っていた。
中将姫の人形と、宮沢りえの姿がなんとなく脳裏に二重になって、
世にも不思議な美しい世界が現前する。
中将姫は蓮の糸でつくった浄土の絵図、
当麻曼荼羅をつくったことで有名で、
私も当麻寺とは別の中将姫を御祀りしたお寺に以前お参りしたことがあり、
それ以来中将姫には興味があったのだけれど、
この映画を見て、
俄然当麻寺にいつかお参りして、
当麻曼荼羅を見たくなった。
奈良時代にできたものらしいのだけれど、
なぜか観無量寿経に基づいた、
善導流の浄土図らしい。
たしかに観無量寿経も善導大師もそれ以前の人だけれど、
日本で格別読まれるようになったのは法然上人が浄土宗を興して以降。
中将姫はとっくの昔にそれを先取りしていたとは、
その慧眼にただただ驚かされるし、
日本の浄土教の根がいかに古代から深く、
日本の霊性と密接不可分だったかということに、
改めて感嘆せざるをえない。
この映画が、
もっと多くの人に見てもらえれば、と思う。
本当にごくごく少数の映画館でしか上映されていないらしい。
有象無象のどうでもいい映画がどこでも上映されているのだから、
もっとこうした上質の文化が、
もっと大勢の人の手の届くところに行き渡らないものだろうか。
http://www.kihachiro.com/index2.htm
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當麻寺の練供養に行ったときに曼荼羅(原本は見られません)を拝しまして、絵解き本を購入したのですが、最近の研究では舶来品ではないか?とも言われてるらしいです。當麻曼荼羅が広まったのも鎌倉時代以降ですしね。
2006/9/9(土) 午後 5:36
舶来品という説は僕も聞いたことがありますが、それも要するに技術が高度だからそうだろうという話で、なんら確たる証拠のない説ですよね。当麻曼荼羅が広く信仰されるようになったのはおっしゃるとおり鎌倉以降ですが、原本の当麻曼荼羅は奈良か平安初期にはあったというのが定説ですし、伝説というのは根も葉もないところには立たないものですから、舶来であろうと国産であろうと、観経に基づく浄土図を非常に大切に信心した女性が奈良頃にいたというのは事実ではないかと思われます^^
2006/9/9(土) 午後 5:53 [ miamasavin ]
難しいところでしてね、綴織で法隆寺や正倉院で残っているものが幾何学文様の、しかも小さなモノが多いんです。極楽浄土図の形成が8世紀の唐代であると考えると、そこまでスピーディーに日本に(信仰、もしくは絵手本が)流入しているかと言うのも疑問です。8世紀から9世紀にこの地にあったとはいえると思います。
2006/9/9(土) 午後 6:55
舶来か国産かは、いずれも決定的な証拠がなく、現時点ではどちらの説も推測でしかないですね^^流布のスピードから類推するのも、たとえば密教などはダイレクトに入ってきますし、善導の著作も道昭を経てほぼ同時代に伝わっています。鑑真の周辺にも、亡くなる時は南無阿弥陀仏と称えてなくなった従者の記録があります。入唐した人や渡来人も大勢いたので、当時の仏教の伝播は非常に早かったように思われます。歴史はいろいろ想像力を刺激しますし、本当に興味は尽きないですね〜^^
2006/9/9(土) 午後 9:20 [ miamasavin ]
今、手元にあった図録(福井郷土博物館『極楽』展 2005年)を見ますと、當麻曼荼羅の紹介には「奈良時代、もしくは唐時代」と双方の可能性(つまり断言できず)して併記されていました。原本は損傷甚だしく、まず見ることができないですから、モノとしては解明できないのかもしれません。
2006/9/9(土) 午後 10:36
そうですね〜、あんまり当時の文献に当麻寺についての記述ものこっていないそうですね。当麻曼荼羅というのは、そうしてみると、やはりとても不思議なものですね。そういえば、ちょっと確かなことは忘れたのですが、弘法大師が当麻曼荼羅を見て感激して、密厳浄土を説いたものだとして解釈したとかいう話も読みかじった記憶があります。寺伝であって、何か当時の文献にのこっていない話かもしれませんが、もし弘法大師の著作の中にそんな言及があるならば、9世紀に入る前のものとして同定できるかもしれませんね^^
2006/9/9(土) 午後 11:26 [ miamasavin ]