法然讃歌

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「あえて都に留まり続けた法然上人」

かつては、
法然上人がその生涯を、
ほとんど京都から移動せずに留まり続けたことを、
もの足らなく感じた。

越後や関東を駆け抜けた親鸞聖人や、
日本全国を踏破した一遍上人に比べて、
危険を冒す勇気や活動力に、
そのことが欠けているように見えたからだった。

しかし、それは大間違いだった。

法然上人が京都に留まり続けた時代は、
未曾有の内戦と飢餓の時代だった。
多くの生きようとする人は、
都から脱出しようとした時代だった。

その時代に、
他に行くあてのない人々とともに、
極限状況の都に留まり続けたのは、
旅をすること以上に、
命の危険と隣り合わせの日々だったろう。

そんな状況の中で、
悠然と、
「とてもかくてもこの身には、思いわずらうことぞなし」、
と今様を口ずさんで、
安心して過ごす法然上人の姿は、
どれほど多くの人々の心に安心を与えたことだろう。

大地を駆け抜けた親鸞聖人や一遍上人も、
魅力的だし偉大だったと思うが、

同じ地にあえて留まり続ける選択をした法然上人も、
当時の状況を知れば知るほど、
限りなく優しく勇気のある人だと、
慕われてならない。


【注】
法然上人は、生まれ故郷の岡山から京都に少年の時移動した他は、師の皇円の命で遠江(静岡)を旅したこと、若い時に奈良等をめぐったこと、晩年に四国に流罪になった他は、ほとんど京都で過ごしたようである。ただ、京都の町の中は、ほとんど隈なく金剛草履ひとつで歩き回ったと、晩年自ら回想している。

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本願ひとつにすくわれて、喜ぶあまりに伝えたる、法然聖人偉大なり、南無阿弥陀仏と報謝せん。和讃できました。南無阿弥陀仏。

2006/6/11(日) 午後 7:57 [ bjd*g4*0 ]

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この和讃、すごく胸に響きました。「法然上人偉大なり」僕も、この言葉を、ひとりでも多くの人に伝えて、縁をとりもつきっかけになれればと思います。南無阿弥陀仏。

2006/6/11(日) 午後 9:17 [ miamasavin ]


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