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なんと幸せなことか

あなたがいるだけで、

なんと幸せなことだろうか。

あなたの声を聴くだけで、

私の魂は喜び満たされる。

なんと功徳に満ち、

なんと賢く、

なんと慈悲深く、

光り輝き、

このような存在に、

始終慈しまれているとは、

私はなんと恵まれていることか。

南無阿弥陀仏。

尊び

人生を尊び、

いのちを尊び、

この時代を尊び、

同時代の人々を尊び、

地球を尊び、

自然を尊び、

出会うすべてを尊び、

一瞬一瞬を尊び、

仏法僧を尊び、

生きていこう。

生きるとは、

讃嘆供養、

弥陀を尊び生きることだ。

慈悲と合理性と

どの宗教も、特に否定はしないけれど、

この世に厳然としてあるのは、

原因と結果の法則で、

迷信を信じて、祈りや加持祈祷やで、

原因と結果の法則を無視しても、

結局、自分が法則の中でうまく生きれないだけだと思う。

ただ、原因と結果の法則をよく認識し、

一切の迷信に惑わされず、

独立自尊で、

慈悲と合理性の中で生きるのが、

仏教徒、仏教者、念仏者、

万古不滅の、無碍の大道。

生死一如

生きていこう。

死ぬまでは。

死んでいこう。

生きる務めの終わる時には。

生きてもいいし、

死んでもいい。

生も尊く、

死も尊い。

本当は人は一瞬一瞬、

目には見えない速度で、

刹那刹那に、

滅し、生じ、

死んでは、生まれ変わっている。

だから、人には死と見える現象も、

本当はこれといって新しい現象ではなく、

ただ肉体が変わり、心は別にまた生じている。

そうであれば、本当は、

生死一如で見るべきであり、

生も死も、ともに不可分の、

紙の裏表と思って、

死を念頭に置き、今を生きていくのみだ。

念仏称える身にとっては、

生も尊く、死も尊く、

生死一如の、

無碍の大道があるのみだ。

凡夫の身は、なかなかそう徹底もできないのだけれど、

本願の念仏が、

いつも、その視野を、開いていってくださる。

この一瞬の背後に、

無量劫の時間があり、

この今のいのちの背後に、

無量の数のいのちの支えがあり、

そうであれば、

何を憂いる必要があるだろう?

今このひとときを、

大事にすることだけが、

ただ報いることになるのではないか?

無量の時間と無量のいのちと、

その支えあって、生きている今。

その尊さを、いつも忘れている私。

そんな愚かな凡夫の私に、

その尊さを、

いつも説いてくださる、

一声一声の念仏。

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