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2006年4月29日 | 2006年5月1日
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「風に己をまかせて」 井上洋治さんは、 ガラテヤ書の五章十六節をこのように訳しておられた。 「風に己を委せきってお生きなさい」 なんとすばらしい言葉だろう。 私も風に己をまかせきって生きていきたい。 それは、イエス様の生き方であり、 釈尊の生き方であり、 法然上人や一遍上人の生き方でもあったろう。 私が、という思いは、 いつも表面にすぎない。 背後にはいつも、 大悲の風が吹き渡り、 働きかけている。 南無アッバでも、 南無阿弥陀仏でも、 その心はきっと同じ。 私も風にまかせきり、 いつか風になりたい。
「念仏は魂の呼吸」 かつてはあんなにもあった窒息感が、 いまはだいぶなくなったのは、 ひとえに念仏のおかげだろう。 深々と、 魂が呼吸できる。 閉塞感も窒息感も、 おかげでだいぶなくなった。 念仏は呼吸、 魂の呼吸。 おかげで私の霊的肺も、 やっと魂の酸素をとりいれることができるようになった。 阿弥陀仏と出会わなければ、 私の魂は今も窒息寸前か、 あるいは閉塞感におしつぶされていただろうか。 魂の重荷を代わりに背負ってくださり、 くびきを負ってくださる主に感謝するために、 今日も一心に称名していこう。 一生称名していこう。
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