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「念仏はすべての聖者と心通わせるマントラ」


南無阿弥陀仏を通じて、
キリストに会おう、
ルーミーに会おう、
ガンジーに会おう。
あらゆる人類の宝のような聖者たちと会おう。

南無阿弥陀仏の名号は、
あらゆる方角にいるガンジス河の砂の数ほどの、
あらゆる諸仏諸菩薩諸神と心通わせ、
その御加護を得ると、
法然上人は述べた。

およそ本当の聖者であり、
浄土にいるであろうほどの仏菩薩ならば、
キリスト教やイスラム教やヒンドゥーその他の聖者たちも、
必ずその中に入っているだろう。

弁栄上人は、
キリストもムハンマドも、
阿弥陀仏の活きた現われのひとつだとはっきり指摘した。

阿弥陀仏とは大宇宙の根本主体のことであり、
いろんな呼び方をされているだけで、
人類に通底したものだ。
だから、名前はどうであろうと、
すべての真の聖者に通底したものだったろう。

私は南無阿弥陀仏を通じて、
十方三世一切の、
諸仏諸菩薩と心通わせていこう。
仏教に限らず、
あらゆる人類の聖者と、
心通わせていこう。

南無阿弥陀仏は、
あらゆる仏や聖者たちを、
すべておさめる一番簡単なマントラだ。

「長い間興味の持てなかった“後生の一大事”について」


私は、家族の死を経験するまでは、
まったく死後の世界に興味はなかった。

家族との死別の悲しみを経た後でさえ、
長い間、蓮如上人がいう「後生の一大事」ということに、
なじめず、興味が持てなかった。

蓮如上人は、“後生の一大事”の解決ばかり言う。
しかし、それは生を軽んじ、死へ逃避することではないか。

死がこわい人なら、まだその「後生の一大事」とやらに興味も持とう。
しかし、生きることそのものがつらく、
よっぽど自殺した方がましと思っている人にはなんの関係もない。
なんとか生きるためのよすがと意欲こそが欲しい私にとって、
後生の一大事などは死が怖いと言っている余裕のある人々のたわごと。

そう長い間思っていた。

だから、己の罪業の深さと能力の無さの自覚から、
真言密教よりも浄土教に心ひかれるようになってからも、
蓮如上人や親鸞聖人より、
法然上人や弁栄上人に興味を持った。

それは、法然上人や弁栄上人の中には、
真言密教と相通じるような、生きている間に救われる道があって、
光明摂化や冥衆護持や願望成就や三昧発得など、
現世での利益と救済が説かれていたからだった。

しかし、法然上人の書きのこした本の中には、
確かに弁栄上人が説くような光明摂化などの現世の救済も説かれているけれど、
後生の一大事も非常に重要なテーマだった。

そして、蓮如上人が説く「後生の一大事」ということが、
いかに大事か、やっとすこしだけ私にもわかるようになっていった。

生きている間のことだけを中心として、
自分を中心としていた私が、
実はみ仏に願われ、
またすでに浄土に往った人々から願われていること。
そのまなざしを感じること。
それこそが、実は生きている側の人間にとっても根本的に大事であること。

死んだあとを無いこととして、
死者のまなざしを忘れ、
み仏の願いとまなざしを忘れる。
つまり、後生を殺して、
生だけに視野を限っていたら、
実は生もやせ細り、
無明の闇に閉ざされるのではないか。

後生を殺したら、
いま現実にある生も殺してしまうのではないか。

そう思い始めるようになった。

そうして、
浄土に往生する往相回向と、
浄土に往った人々が再びこの世に仏となって還ってくる還相回向の、
二つの回向を法然上人や親鸞聖人があんなにも一生懸命に説いて、
浄土という、死後の世界からの働きかけやまなざしを説き続けたことの意味が、
やっと少しだけありがたく味わわれるようになってきた。

いま生きているこの人生も、
とても大事で、
これも念仏によって光明摂化され救われる。
けれども、後生もまたとても大事なことで、
この浄土からのまなざし、
無数の仏さまたちからの働きかけとまなざしを感じることができてこそ、
本当の念仏もあり、
生きているこの人生の充実もあるのだと、
念仏に導かれて、思えるようになった。

「高野山で見た親鸞聖人の絵」


もう随分昔のことだけれど、
高野山の宝物館で、
親鸞聖人の肖像画を見たことがある。

行李を背負い、
日焼けした、
とても精悍な男性の像だった。

親鸞聖人といえば、
葬式仏教の浄土真宗の祖で(うちも浄土真宗だったのだけれど)、
悪人を甘やかしたようなことを言い、
程度の低い単純な教えを説いた、
軟弱な公家出身の僧侶、

ぐらいに思っていた私は、
その精気に満ちた肖像に、
とても意外な感を受けたし、感心した。

けれども、その時に驚嘆しただけで、
その後ずっと親鸞聖人については格別興味を持つわけでもなく、
長く縁がなかった。

高野山への旅から帰った後も、
いっそう坐禅の修行に励んだ。
その後人生の危機に禅ではどうしても自分は救われないと思った後も、
真言密教の遍路に救いを求めていた。
そうして、何年もの時が経った。

けれども、
心のどこかに、
あの時のあの絵があったから、

浄土教は本当は精気に満ちた、
本当の生命の脈打ったものだと知っていて、
あのあと随分回り道したあとに、
法然上人や親鸞聖人に深くひかれるようになったのかもしれない。

あの時の一枚の絵を、
何年も経ってから、
しみじみと偲ばれるようになった。

「まだ風にまかせきれないけれど」


風に己をまかせきれない私。
仏の大悲の風に、
本願にまかせきれていない私。

かつてはみ仏の願いがあることすら気付かず、
ただ無明の闇の中にいた。

今は頭では本願という言葉を聞きかじったけれど、
口では南無阿弥陀仏と称えるけれど、
なかなか心でわからず、肚でわからず、
この身を本願にまかせきれていない。

こんな私でも、さしつかえない。
ただ慈悲のまなざしで抱こう。
そういう、み仏の願いがある。

そのことを、繰り返し、
法然上人や親鸞聖人の御文に聞きながら、
少しずつ風に身をまかせきる人に近づく。
その道を、ちょっとずつ、
歩んでいる。

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「ダイヤモンドの信心が欲しい」


ダイヤモンドの信心が欲しい。
どんなことも全く心配せず、
どんな試練にも打ち克つ、
絶対の強さの。

私はといえば、
すべてを任せきることもできず、
不信の闇の中に未だにいるけれど。

いつかダイヤモンドの信心を得て、
風に己をまかせきりたい。

風に己をまかせきれず、
風に乗りそこねて生きてきたのだけれど。

南無阿弥陀仏さえあれば、
風に乗れるということを、
金剛の信心が得られることを、
法然上人が教えてくれた。

すべてのことについて心づかいを忘れ、
阿弥陀仏にお任せし、

この世でもあの世でも、
自分はどうなるのかなど心をつかわず、
何も憂いず、

おおらかに、
ただ念仏して、
私の人生の苦しみも喜びも受け入れていこう。

法を聞き、
ただ念仏すれば、
いつかきっとダイヤモンドの信心が得られる。
そう法然上人が証してくださった。
しょっちゅう不信に落ち込みながらも、
ただそれについていくのみだ。

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