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「人と人とが通じ合うことは」


人と人とが、
心が通じることって、
あるんだろうか。

どんなに通じたと思っても、
結局は通じてないと思えることもある。

すべてが、
私の勝手な思い込みだったのかと、
思えることもある。

けれども、
心が通じることが稀であればこそ、

一瞬でも通じたこということが、
永遠のように大事だったとわかる。

心を通じ合おうとすることが、
徒労のように思えて、
めんどくさくなることもある。

けれども、やめまい。

大事なのは、
賢いふりして生きるより、
本当に自分が求めているものを、
飾らずに求めていくことなのだから。

「念仏の喜びを分かち合える人がいたら」


念仏の喜びを分かち合える人がいたら、
どれだけいいことだろう。

組織でもなく、
上下関係も一切なく、

みんなでただ喜びを分かちあうような。

私は、どんな宗派にも属さないし、
いかなる団体にも組織にも属したくないから、

基本的にひとりが好きだけれど、

念仏の喜びを分かち合うことができたら、
きっと喜びは何倍にもなって、

ずしんと魂に響く喜びがあるのだろう。

法然上人は、
既成の寺院から離れて、
生涯寺も持たずに、
上下関係のない御同行御同朋の世界を開いた。

それは、今日の形骸化した寺院や僧侶とはぜんぜん違った、
ひとりですっくと立った人同士が、
念仏の喜びを分かち合う場だったのだろう。

在家を中心にした、
本当に清新な、
生きた息吹のある集いだったのだろう。

今日の仏教や浄土教が、
ただ形骸化したものになって、
およそ法然上人や親鸞聖人の始めた頃と全く異なる、
僧侶中心のものとなっているならば、

念仏の喜びを分かち合える集いをつくるのは、
ひょっとしたら法然上人がそうだったように、
一から始めないといけないことなのかもしれない。

あれから四年 不壊の縁

「あれから四年 不壊の縁」


もう、
あの一番つらかった頃は、
四年前になるのか。

でも、あの時一緒につくった杏のジャムは、
本当においしかった。
今は浄土にいる。
今年もお供えしよう。

血へどを吐くようにつらかった時期は、
それでももうあの頃から、
四年近く経つんだ。

つらかったけれど、
なんとか生きてきた。

あれからいろんな癒しに出会って、
癒されてきた。

あの頃から今まで、
何をつかんだ?

念仏との縁をつかんだ。

何にもしていないようだけれど、
念仏との縁を得たということは、
それだけで悟りへの道をつかんだというわけで、

本当なら何よりも喜ばれるべきことなのかもしれない。
凡夫の私には、
そうした喜びはちっとも起こらないけれど、
なんとか救われてきたのは事実だ。

あれから四年、
私は破滅に近づいてきたのか?
それとも、救いに近づいてきたのか?
確実に救いに近づいてきたんだ。

世界も、歩き回ってきたじゃないか。
パリやアッシジやローマまでほっつき回って、
四国やあちこち歩き回って、
青い鳥みたいに念仏を見つけた。

あの時のいろんな悲しみや苦しみがあったから、
今念仏を称えている。

念仏も、
杏の木も、
幸せは足もとにあって、
変わらない愛が続いている。

たとえ浄土に往って、
私はまだ地上にいても、
縁は変わらない。
ダイヤモンドのような、
変わらない永遠の、
なくなることはない、
不壊の愛が、不壊の縁が、
ある。

南無阿弥陀仏、
不壊の縁。

不壊の縁のおかげで、
私も念仏申す身となった。

「欠点だらけの自分をそのままに」


自分みたいなくだらない人間でも、
生きていていいんだろうか。

生きていていいんだよ。
そればかりか、

こんなにも現に生かされている。

南無阿弥陀仏の一声一声に、
こんなにも、
私を生かし、
往かしめようとする力が働いている。

欠点だらけの自分を、
あるがままに阿弥陀仏が慈しんでくださっている。

だから、欠点だらけであっても、
自分自身を受け入れていこう。

南無阿弥陀仏、
南無阿弥陀仏、
南無阿弥陀仏の一声に、
欠点だらけの自分をそのままに受け入れいていこう。

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