過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

「悲しみをゆるしと優しさに変えること 法然上人」


法然上人はきっと、
人一倍悲しい思いをしたから、
人の悲しみを思いやるだけの、
魂の深みがあったのだろう。

父が殺され、
母と生き別れ、
師は入水し、
愛弟子は処刑された。
自身も流罪にあった。
最愛の恋人には、最後に一目会いたいとの手紙を受け取りながら、看取りに行くこともできなかった。

法然上人の生涯を思うとき、
どれだけの悲しみがあったか、
そしてだからこそ、
人は限りなく優しくもなれるかを思わずにはいられない。

法然上人の父を殺害した犯人の武士は、
長い放浪の末、
法然上人にめぐりあい、
その教えに帰依したという。

法然上人は、
母からもらった手紙をずっと大事にして、
流罪にあう時まで肌身離さず持っていたという。

龍神になるから住むのにふさわしい池を探してくれと、
師に頼まれて遠い地まで旅して見つけ、
師の入水のあとは師のことを生涯忘れず、
浄土宗を開いたときは、
遠くまで旅してその池まで報告にいった。

最愛の恋人の死後は、
自分がきっと会いに行って抱きしめてあげられなかった慟哭から、
当時の常識を破って、
弟子の親鸞に玉日御前との結婚を勧め支持し、
誰よりも祝福した。

自らの流罪や弟子の処刑ののちも、
その処置をした権力者が、
やがて受ける運命を予言し、
かえって深く憐れんでいた。
ずっとのちに、その権力者は戦争に敗れ島流しになって、
しばらくののち、念仏の教えに帰依したという。

法然上人の人生を思うと、
どんな他の、
仇討ちや天下取りの話よりも、
偉大なものがあったと私には思われてならない。

悲しみを恨みや憎しみに変えることなく、
許しと慈しみに変えることこそ、
本当に偉大なことだと思う。

そして、
それができるという証拠が、
そこにはあった。

南無阿弥陀仏と称えさえすれば、
救われると法然上人は説いたが、

当時の人々は、

南無阿弥陀仏と称える中で、
本当に法然上人が、
悲しみを許しと和解に昇華させていたからこそ、
信じたのだと思う。

私も、
南無阿弥陀仏と称える中で、
いつかいろんな人生で経てきたことを、
もっと昇華させることができれば、
と思えてならない。

「生きる意味とは魂の深まること」


私の魂は、
深まってきたのだろうか。

きっと昔に比べれば、
少しずつは。

もしそうならば、
きっとその分、
生きてきた意味があった。

悲しみも、嘆きも、涙も、
皆、魂を深めるため。

もし魂を深めてきたなら、
すべて意味があった。

深い魂がなければ、
どうして人の心の悲しみや深みを、
察し思いやることができよう。

悲しみを重ねるとは、
それだけ魂が深まること。

魂が深まったということは、
それだけ思いやる力が深まったこと。

そこに、
生きてきた、
本当の意味というものがきっとある。

「釈尊のまなこの色を忘れずに」



釈尊のまなこは、
きっと深い色をしていたのだろう。

その教えも、
後世の聖道門のいわゆる「仏教」とは違って、
シンプルで簡単なものだったろう。

釈尊のまなこの色は、
長い時間を経るうちに、
膨大な書物にまぎれこんで、
手の届きにくいわからないものになってしまった。

きっと、
長い間、
見つける人を待っていたのだろう。

一切経の膨大な書物の山の中に、
若き日の法然上人が踏み込んで、
分け入って、

大海の中からたった一粒の、
真珠を見つけ出してきた。

南無阿弥陀仏という真珠。
無条件の慈悲の色。

釈尊のまなこの色は、
きっとこの色だったのだと思う。

法然上人が見つけ出してから、
再び、
親鸞聖人や大勢の人たちに、
この釈尊のまなこの色が、
映り始めた。

きっと、
これを忘れさえしなければ、

今の時代であっても、
どんなに末法の世であっても、

釈尊のまなこの色は、
人々の心を美しく照らし続ける。

一声一声の魂の深まり

イメージ 1

「一声一声の魂の深まり」


一声一声の念仏に、
魂が深まりゆく。

一声一声の念仏は、
み仏の声の響き、
魂の響き、

念仏を称えれば、
全宇宙と響き合い、

生かされている事実が現われ、
み仏の願いに乗り往く。

深き心よ、
至誠の心よ、
願う心よ、

この一声一声の念仏に、
わが魂よ深まりゆけ。

魂の深さ

イメージ 1

「魂の深さ」


魂の深さとは、
なんだろう。

その人が、
どれだけ深く、
人を愛して生きてきたか。

そのことによるのではないだろうか。

魂の浅い人とは、
きっとあまり思いやりのない人なのだと思う。

どれだけ金や知識や力があっても、
魂の浅い人よりは、

私は、たとえそのどれもなくとも、
魂の深い人の方が偉大だと思う。

私が心ひかれる人は、
そのような人たちだし、
これからもずっとそうでありたい。

日本の祖師たちの中で、
法然上人に私が格別ひかれる理由も、

その深い深い海のような、
魂の深さに心ひかれたからだった。

キリストも、
神の子かどうかや奇跡の前に、
その魂の深さが、
何よりも限りなく慕わしく思われる。

大切なのは、
頭の良し悪しでも、
力や肩書のあるなしでもなく、

ただ、
魂の深さではないだろうか。

だから、
法然上人も浄土往生の要は、
深心だと、
つまり、魂の深さだと、
おっしゃったのだと思う。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事