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鬼から仏へ

「鬼から仏へ」


十年前、
私の心は、
自力作善の、
鬼のような心だったと思う。

五年前でも、
そうだった。

仏縁のお育てのおかげで、
今は他力信心の菩薩にしていただいた。
それも、もちろんぜんぜん完全には程遠いけれど、

南無阿弥陀仏。
ありがたいこと。

結局、人間は、
自力作善の心で努力すれば努力するほど、
良かれと思って気づかぬうちに、
鬼のような心になってしまうのだろう。

逆に、
他力信心をいただき、
おまかせすればおまかせするほど、
仏のような心にお育てしていただくのだろう。

鬼から仏へ。
南無阿弥陀仏。

もはや自力作善には後戻りせず、
他力の信心をいただいて、
念仏申して浄土へ往こう。

「多くの人に私の詩を読んでもらえたら」


読む人もほとんどいない詩を、
たくさん書いてきた。

ほんのまばらな数人の人しか読むこともなく、
ほとんどの人は知ることもなく、
読むこともないのだけれど。

いつか、
本当は、
多くの人が読んでくれるような詩を書きたい。

そして、多くの人から、
いろんなメッセージをもらうことができたら。

それはぜいたくな望みだろうか。

時にはさみしい気持ちになるのが、
やはり人というものだろうか。

多くの人と一緒に、
南無阿弥陀仏と称えることができたら。

それも、どれだけ幸せだろうと思うが、
ぜいたくな望みだろうか。

なかなか、
犀の角のようにただ一人歩む、
という境地にはなれないものだ。

「生まれつきのままの肯定 世界史的に見ても稀有な法然上人の道」


生まれつきのままを肯定することは、
本当に難しい。

なぜなら、生まれつきのままを、
否定するメッセージの方が、
昔から世の中には溢れているから。

道徳や宗教に努力すればするほど、
生まれつきのままをどんどん否定し、
離れ去っていってしまう。
生まれつきのままの価値がわからなくなる。

日本において、
生まれつきのままを肯定した、
稀有な宗教家は、
ただ法然上人だけだった。

法然上人の影響を受けた、
親鸞聖人や一休さんもそうだったかもしれない。

しかし、後世ほとんどその道は理解されなかった。

西欧においても、
ルソーやヒュームの登場まで、
ずっと生まれつきのままの価値は、
否定されてきたのではあるまいか。
ラブレーは、もっと早く肯定した先駆だったかもしれないが。
そして、本当は、
キリストは生まれつきのままの価値を誰よりも肯定したと思うが、
教会は一番その抑圧に努めてきた。

道徳や宗教の拘束が弱まることが、
生まれつきのままの価値を肯定することには、
必ずしもつながらない。

現代は、
道徳や宗教の権威や拘束は、
かつてに比べればだいぶ薄れたが、

世間というモノサシが、
金や学歴や肩書や競争ということが、

人間の生まれつきのままの価値を、
決してそのままでは肯定せず、
条件づけて、
否定している。

人は皆、努力しなければならぬと思い込んでいる。
競争で勝たなければならぬと。

生まれつきのままの価値の肯定は、
本当は無条件の愛とセットでなければありえない。

ニーチェは、
生まれつきのままを肯定しようとしながら、
競争を肯定して無条件の愛を否定したため、
自ら破滅してしまった。

生まれつきのままの肯定は、
現代においても、
非常に困難な、
か細い道なのだろう。

世界史的に見ても、
法然上人の道は、
原始キリスト教と並んで、
非常に稀有な、
生まれつきのままの肯定の道なのだと思う。

「生まれつきのままがいい」


生まれつきのまま、というのは、
堕落したものだと、
かつては思っていた。

そんなものを肯定するのは、
堕落と怠惰の道だと。

そうではなくて、
生まれつきのままが、
すでに無限のみ仏の願いと力の現われだったとは。

この身このままが、
何十億年以上も、
み仏が配慮して準備してきた、
すばらしいものだった。

どうしていたずらに否定し、
自分より違うものになる必要があろうか。
本当は、何もなかった。
そんな努力は不要だった。

この身このままで、
生まれつきのままで、
いかに願われているかを知って、
南無阿弥陀仏と称えて、
み仏の願いに乗っていけばいい。

何の造作も作為もいらない。
何の難しい努力もいらない。

生まれつきのまま、
この身このまま、
性のまま、
南無阿弥陀仏を称えればいい。

生まれつきのままでいい。
いや、
生まれつきのままがいい。

「ただみ仏の願いによって救われる」


自分がどうこうしたはからいで救われるのではなく、

ただみ仏の願いによって救われる。

み仏の願いに乗って救われる。

ただみ仏の願いを聞くこと。

み仏は、
私に、

明るく楽しい、
光明の生活を送って欲しいと、

人と争わずに、
共生の浄土を生きて欲しいと、

人の死を悲しまず、
魂は浄土に往って還ってくると知って欲しいと、

願われている。

み仏の願いをよく聞いて、
南無阿弥陀仏を称えれば、
ただそれだけで救われる。

その他には、
なんの難しい努力も一切いらない。

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