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歩き続けていたら

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「歩き続けていたら」


歩き続けていたら、
いつか本当の自分になれる気がした。

だから、
歩き続けてきた。

いつになったら、
自分は真の自分になれるのか、
さっぱりまだわからないが、

一歩一歩、
本当の自分に近づいていると、
信じて称名しながら歩いていく。

私にできるのはそれだけ。

先に進んでいるのかどうかさえ、
時にわからなくなるけれど、

以前は見たことがなかった、
そんな景色を見ることもあった。

生きていてよかったと思う瞬間があった。

それだけで、
きっと先に進んでいるんだ。

念仏さえ称えていれば、
真実心を生きることができると、
法然上人が太鼓判を押してくれたのだから、

ただ歩いていこう、
南無阿弥陀仏を称えながら。

ただ生きて、
ただ歩いて、
念仏を称えていこう。

私にできるのはそれだけだけど、
きっとそれだけでいい。

阿弥陀仏におまかせして、
風に乗っていこう。

歩いていく中には、
出会いも別れもある。

別れがあろうと、
人は生きていかなくてはならない。

生きていれば、
きっといろんな出会いもある。

すべて受けいれて、

風に任せて、

後ろを振り返らず、
歩き続けていこう。

アルメイダ神父

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「アルメイダ神父」


アルメイダは、
戦国時代に日本にやって来た宣教師で、
外科の医術にも巧みで、
多くの日本人を診察し、救ったという。

彼は、マラーノと呼ばれる、
もともとはユダヤ人で、
キリスト教に転んだ人物だったらしい。

マラーノは、
キリスト教に改宗したあとも、
ヨーロッパでは差別や偏見を受けることが多く、
当時、大航海時代で遠くアジアまで行く人物には、
新天地を求めたマラーノ出身者が意外と多かったという。

そうした出自だった彼は、
きっと日本においても、
さまざまな差別に苦しむ、
底辺の人々や、らい病の患者や、
女性たちにも、わけ隔てなく優しかったのだろう。

もともと、新天地を求めてアジアにやってきた彼は、
最初は宣教師ではなく、
貿易商であり、かなりの富を築いていたという。
それが、山口で宣教師たちの活動に触れて、
発心して宣教師になったらしい。

私財をなげうって病院をつくり、
医学教育も行い医師を養成したという。
赤ん坊が間引きされないように乳児院もつくったという。

中世には非常にたくさんの禅僧が中国から日本にやって来たが、
彼らの中にはアルメイダに匹敵する人物は、
私は寡聞にして聞かない。
あるいは、数百人束にしても、匹敵できなかったかもしれない。

鎌倉時代には、
日本人の仏教僧で、
叡尊や忍性が、あるいは法然上人が、
病み苦しむ人に手をさしのべ、福祉に努めていたというし、
アルメイダと似たようなことをしていたのかもしれないが、
戦国時代にはそれらもあまり聞かれない。

戦国時代の仏教僧というのは、
いったいに何をしていたのだろう。
江戸時代の檀家制度が日本仏教をだめにしたとよく言われるが、
すでにして駄目になっていたのかもしれない。

キリスト教に対して、
信仰の深さや教えの真理や実際の生き方で立ち向かうのではなく、
権力と結びついて弾圧によって押さえ込もうとしたような、
性根の腐った僧侶もすでに多かったようだ。

私はべつにキリスト教徒ではないけれど、
アルメイダにはとても興味がひかれるし、
人間として非常に尊敬する。

アルメイダの活動は、
日本においても一部の支援者は別にして、
いろんな妨害もあったろうけれども、

同じキリスト教徒たちからも理解されず、
イエズス会では病院禁止令が出て、
非常な妨害を受けたらしい。

ただ一人の人間として、
立って、生きた人物が、
そこにはいたように思われる。

おそらく、
彼のバックボーンは、
いわゆる宗派や宗教ではなく、
団体としてのキリスト教でもユダヤ教でもなく、
そうしたものを通り越した、
人間としての愛であり、人間性だったように思われる。

天草の地で、
アルメイダ神父はなくなったという。
墓の正確な場所はわからないようだが、
記念碑があった。

せめて、記念碑の前で、
その孤独にもかかわらず、
暖かかった人物の面影を偲び、
目をつぶってみた。

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「浄土教とキリスト教の比較考察」


日本が中世から近世に移行する時代、
室町末期から桃山・江戸時代において、

最もおびただしい殉教者を出し、
時の権力から弾圧され、
あるいは権力者に対抗して闘ったのは、

間違いなく、
浄土教とキリスト教の二つだったろう。

そして、二つには大きな共通点がある。

「天地同根萬物一体、
一切の衆生貴賤を撰ばず」

(天も地も同じ根っこつながっており、
すべてのものは一体だ。
あらゆる生きとし生けるものは、
身分の上下はなく平等である。)

これは天草四郎の言葉だが、
浄土教のスローガンと言ってもいいぐらいだと私は思う。
一向一揆の心と同じだったと私は思う。

もともと、この天地同根万物一体という言葉は、
阿弥陀経を翻訳した鳩摩羅什の弟子の、
僧肇の著作・肇論に出てくる言葉。

法然上人も、
すべての人が平等だということを、
阿弥陀仏のもとで一つだということを説いた。

天草四郎の陣中触書には、
「後生」という言葉が多用されるけれど、
これも法然上人や蓮如上人をはじめ、
浄土教において広まり親しまれた言葉であることは言うまでもない。

人間の平等や救済への希求、
不条理で理不尽な領主権力への抵抗、

それらの要求は、
浄土教の一向一揆も、
キリスト教の島原の乱も、
まったく同じだったと思う。

近畿・北陸・東海地方等では、
一向一揆として表現されたことが、
九州では、
キリスト教を通して表現されたように思える。
時として、同じ言葉まで使われていた。

その点からすれば、
非常によく似た現象であり、
共通点を持った宗教だったと言えよう。

ただし、
この二つには大きく異なる点もあった。

まず第一に、
浄土教は同時代の外国の勢力とはなんら結びついていなかったのに対し、
キリスト教はスペイン・ポルトガル・イギリス等の、
西欧の勢力と結びつく可能性を持っていた。

キリスト教が、
同時代の西欧世界と直接結びつくパイプとなったことは、
西欧の文化との交流など、
大きな可能性を開くと同時に、
外国の勢力が日本に侵略をする手引きになるかもしれないという危険性を伴っていた。
(実際は、当時の日本の陸軍力は世界でも非常に強力な方だったし、西欧も日本と中国の軍事占領は不可能だと判断していたらしいから、杞憂だったかもしれないが。)

徳川幕府が、
浄土教に対しては弾圧せず、
キリスト教に対しては峻厳な弾圧をもって臨んだのは、
このことが大きな理由だったろう。

第二に、
浄土教は、
本当は「神祇不拝」などの要素を秘めていたとはいえ、
従来の日本の伝統文化とさほど不調和を起こさない、
調和の範囲内にあったのに対し、
キリスト教は、
たとえば切支丹大名の領内において寺院や神社が破壊されたように、
日本の伝統文化との不調和やその否定をもたらす要素があった。

そのことが、
神道や仏教の保守派や、
幕府・朝廷からキリスト教が警戒され嫌われた理由だったろう。

三つ目の理由は、
織田信長と対決した浄土真宗が、
その実力が決して侮れないことを、
おびただしい犠牲と十年間に及ぶ戦争の末、
信長に認めさせたことがあったという理由もあったように思う。

権力の側も、浄土真宗を敵とすることの大変さを十分に認識したし、
一方、本願寺の方も闘いの過程でだいぶ妥協し、歩み寄った。

また、徳川家康も、
一向一揆との苦い戦いを通じて、その実力をよく知っていたし、
自身浄土真宗とよく似た浄土宗に帰依しており、
念仏を精神的支柱としていたことも、
浄土教を弾圧しなくなった理由だったかもしれない。

それに対して、キリスト教は、
あくまで日本全体から見ればまだ少数勢力であり、
圧殺しようとすればできないことはない勢力に過ぎなかった。

その他にも理由はあったかもしれないが、
この三つの主要な理由に比べれば二次的な問題だったように思われる。

それらの結果として大きな差が生じ、
キリスト教が、
江戸時代の間長く弾圧されたのに対し、
浄土教は
浄土宗は徳川幕府の菩提寺に、
浄土真宗も公然と認められた宗教となって、
なんら弾圧は受けなかった。

そのことは浄土教にとって、
非常に恵まれたことでもあったろうけど、
いくつか問題点もはらんでいたと思う。

いつの間にか弛緩して、
権力との緊張関係を失い、
日本の空気や伝統に、
悪い意味で同調し過ぎたように思われる。
そのつけが、近代以降噴出したように思われる。

また、浄土教とキリスト教を比較していて思うのは、
キリスト教は天正遣欧少年使節を生み出したり、
非常に日本と西欧世界の現実とが結びつくきっかけになっているのに対し、
仏教・浄土教は、明治にいたるまで、
インドや中国等の現実とあまり直接結びつかない傾向が強かった。

そもそも仏教において、
インドに直接行こうとした人物自体が、
弘法大師の弟子の高丘親王ぐらいで、あまり聞かない。
明恵も志したらしいが、結局実行に移さずにやめている。

中国には、けっこう渡っている人物も多いが、
初期の密教僧や禅僧がほとんどで、
浄土教はあんまり中国にも渡っていない。
書物を通じてはともかく、
海外との交流があまりない気がする。
澄円が慧遠流の念仏を学んできたということと、
蓮如が契丹人と交流があったということぐらいしか思いつかない。

もちろん、明治になってからは、
弁栄上人や大谷光瑞がインドに行ったりしているのだが、
キリスト教と比べて、この差は単に航海技術だけに還元されるのか、
非常に不審に思われる。

一向一揆の戦術においても、
同時代の中国の白蓮教などと結びつく余地はなかったのだろうか。
蓮宗宝鑑などはけっこう日本でも読まれていたらしいので、
ひょっとしたら白蓮教のことも意識や念頭にあったのかもしれないけれど、
どうも海外の情勢と没交渉だったように思われる。

日本にやってくる海外の仏教僧にしても、
古代においては清賀上人のようにインドからやって来たという人物の事績もあるし、
鑑真のように甚大な影響を日本に与えた中国僧もいたけれど、
古代を除いては、あまりない気がする。

禅僧は、鎌倉時代も江戸時代も、かなり多く亡命してきたけれど、
一部の武士等特権階層にはともかく、
庶民にはほとんど関係なかったように思われる。

キリスト教の宣教師が、
アルメイダなど日本の庶民の中に入っていった姿勢と大きく異なる。

こうして考えてみると、
権力への妥協と、
海外との没交渉・閉鎖性という、
浄土教や仏教の問題点が見えてくる。

本来は、浄土教がキリスト教にひけをとらない強烈な信仰と力を持っていたことは、
戦国時代にキリスト教以上に権力者との闘いでおびただしい殉教者が出たことや、

江戸時代においても、
薩摩や人吉など、浄土真宗が禁制となった地域では、
かくれ切支丹同様、かくれ念仏が存在し、
三百年間の間、弾圧をかいくぐって信仰の火をたやさず保ち続けたことからもうかがえる。

浄土教は、
キリスト教と比較してみると、
案外欠点や長所も、
発見しやすくなるかもしれない。

ただ、比較する場合に忘れてはならないのは、
根源は同じだということだと思う。

きっと法然上人や鈴木重成のような人物は、
キリスト教の観点から見ても立派な人物だったと思うし、

アルメイダや天草四郎のような人物も、
仏教の観点から見ても立派な人物だったように思われる。

そんなことを、
旅先でつらつらと思った。

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「天草のグーテンベルク印刷機の光」


この西の海の、
天草の地に、
かつてグーテンベルク印刷機があり、
独自の出版文化が花ひらいた。
そんな歴史があった。

遠く、ローマまで旅した四人の少年、
天正遣欧使節が持って帰ってきたらしい。

イソップ物語や、
キリスト教の諸文献が日本語に翻訳され、

日本の平家物語が、
西欧の言葉に翻訳され、

グーテンベルク印刷機によって、
出版された。

それまでの日本では、
中国から伝わったものが、
首都京都を中心にして流通するばかりだった。

それが、
はじめて京都からすれば僻遠の地において、
直接世界と結びつき、西欧と結びついて、
九州の一地方が、
文化の発信地となった。

それは夢のような儚い日々で、
間もなく切支丹弾圧と鎖国政策の前に潰えてしまったけれど、

今もって、
何か別の夢、
別のモデルを日本に突きつけ続けている。

現代においても日本は、
文化の発信地といえば、
首都東京に集中しているし、
無意識において、
天皇を中心とした位階が未だに漠然と存在している、

そんなあり方に対して、
各地方が、
直接、ヨーロッパやアジアやその他の世界と結びつき、
独自の文化の中心地になることができることを、
天草のグーテンベルク印刷機とその活動は示した。

そのことは、
今もって想像力のモデルとなる力を秘めていると思う。

天正遣欧少年使節は、
印刷技術だけではなく、
西洋音楽もマスターして持ち帰ったという。

夢のように、
それらは儚く潰えてしまったけれど、

その時の、
浄土のような楽しかった日々の記憶があったから、

天草には弾圧の時代でも、
多くのキリスト教徒が信仰を捨てずにいたのだろうし、

また、多くの心ある仏教徒が、
キリスト教に敬意を払って、
慰霊に努めたし、
隠れキリシタンをそれとなくかばってきたのだろう。

今もって、
あの時代に、
グーテンベルク印刷機をめぐって、
放たれた光は、
何か大きな可能性を示唆してくれているような気がする。

法然上人とその弟子たちが中心になって編まれたとも伝わる、
平家物語がはじめてヨーロッパに伝わったのは、
実にこの印刷機がきっかけだった。

平家物語には、
平重衡と法然上人のエピソードが出てくるが、
法然の名とその信仰がヨーロッパに伝わったのも、
おそらくこれが初めてだったろう。

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