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コルベ神父の記念日に

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「コルベ神父の記念日に」


六十六年前の今日、
八月十四日に、
コルベ神父はホロコーストの中で、
他の人を生かすために亡くなった。

だいぶ前に買ったまま、
ずっと本棚に置きっぱなしにしていた、
コルベ神父の伝記を、
今日一気に読んだ。

「死は一日にして成るものではない。
全生涯にわたって準備されるのである。」

伝記の著者の、
そのことばが胸を打つ。

たしかに、
コルベ神父の最後の見事さは、
一朝一夕のものではあるまい。

全生涯にわたる日々の積み重ねによって、
はじめて可能となったことなのだろう。

私も、
いつか来るその日のために、
日々念仏を称え、
心を深め、
至誠を尽くして生きていこう。

宗教はちがうけれど、
私もまたコルベ神父のような、
烈々たる信仰をもって生きたい。
すべての人の魂を救いとることを念願して生きたい。
本願に従って、本願を己が願いとして生きていきたい。

「この世には、一人として、
真理を変えうる者はない。
われわれができること、
われわれがしなければならないこと、
それは、真理を探し、
真理を見いだし、
真理に奉仕することである」

コルベ神父はそう言った。
そう、
真理が人を高め、
人を本当に自由にし、
人間がその日においていかに振舞うかを、
準備していくのだろう。

私もまた、
真理に生きよう。

真理とは、
きっと愛なのだと思う。


【参考資料】
マリア・ヴィノフスカ著 丘野慶作訳『アウシュビッツの聖者コルベ神父』

コルベ神父のおかげで

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「コルベ神父のおかげで」


コルベ神父の事跡をはじめて聞いたのは、
もうだいぶ昔、
まだ高校生の頃だった。

その時の感動は忘れられない。

私はクリスチャンにはならなかったし、
今もなろうとは思わないけれど、

心のどこかで常に、
コルベ神父のように、
ありたいと思ってきた。

だから、
世の中の風潮に無批判に従ってはいけないと思って考えてきたし、
核や道理のない戦争には反対の声をあげてきた。

コルベ神父に比べれば、
比較にならないぐらい小さなものだけれど、
私がそうしたことができてきたのは、
心のどこかにコルベ神父の生き様が放った光があったからだと思う。

二十世紀は、
人間に絶望する材料は山のようにのこした。

いつの時代もそうだろうけど、
二十世紀には、
多くの人がシステムの歯車になり、
ネジになり、機械になりさがって、
上からの命令にただ従うだけの人間になってしまった。

ホロコーストで大量のユダヤ人を殺戮したのに、
上からの命令だし義務だったといって、
裁判においてなんら反省の色がなかったアイヒマンは、
そのような機械人間の最たるものだったろう。

しかし、
そんな時代の中でコルベ神父は、
パンドラの箱の一番奥から出てきたかのように、
希望の種を確実に蒔いた。

ホロコーストの極限状態において、
身も知らぬ人のために、
身代わりを申し出て、
自ら餓死室送りになった。

それは、人間がシステムや暴力によっても支配されず、
自らの意思で人間たりえることを、
確かに示した。

人間が自由であること、
愛に生きることができることを、
何よりも確かに示した。

私たちはどんな状況においても、
何であるかを決めることは、
きっとできるのだと思う。

状況そのものを変えることは、
たとえできないとしても、
状況を変えるには、
あまりにも非力で無力だとしても、

状況に対して、
出来事に対して、
どのような態度をとるかは、
きっといつも自分の選択であり、
自由なのだと思う。

そのことを、
コルベ神父は示してくれた。
そのことに、
本当に感謝せずにはおれない。

私は、クリスチャンではないし、
生まれた時代も国もコルベ神父とは異なるけれど、

いかなる状況や出来事に対しても、
自分が自由であることを忘れず、
どのような態度をとるかは自分自身の選択だと知って、

コルベ神父のように、
憎しみではなく愛を、
暗闇ではなく光を、
不信ではなく信を、
示すような生き方を選び取って生きたい。
本願を選択して生きていきたい。

コルベ神父のおかげで、
どんなに二十世紀の歴史を眺めても、
私はなお人間に絶望せず、
希望を持っていられる。

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「私たちの心の中にはコルベ神父もいればアイヒマンもいる」


私たちの心の中には、

コルベ神父もいれば、アイヒマンもいる。

ガンジーもいれば、ヒトラーもいる。

チャプリンもいれば、ゲッペルスもいる。

ゴルバチョフもいれば、スターリンもいる。

ダライ・ラマもいれば、ブッシュもいる。

マンデラもいれば、ビン・ラディンもいる。

光もあれば、狂気もあり、

人間性もあれば、機械もある。

仏陀もいれば、地獄もある。

キリストもいれば、ヘロデやカヤパやピラトもいる。

どちらを理想とし、
どちらを選び、
どちらを目指すのか。

私たちの現在は、
無数の仏陀やキリストの心を、
苦難の中で選んだ人たちに支えられている。

未来は、
そちらを選べば開かれ、
あちらを選べば閉ざされるだろう。

私たちはいま、
どちらを選び、
どちらに靡き、
どちらに傾きつつあるのか。

日々問い直し、
もし、良い方向への芽があるなら、
大いに喜び誉めて讃え、
信じていく。

もし、悪しき方向に靡いてしまっているならば、
たった今から改める。

その積み重ねがあって、
はじめて私たちは、
これからも生き続けることができるし、
生きのびることができるのだろう。

私たちの心の中には、
コルベ神父もいれば、アイヒマンもいる。

私たちは本当は誰も人間であり、
機械でも家畜でもないはずだ。

自らの頭で考え、
自らの心で感じ、
自らの良心に従って、
至誠心を尽くしていきることを、

決して忘れてはならないのだろう。

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「日独伊三国軍事同盟こそが致命的な失敗だったと思う」


昨日、NHKで日中戦争についての番組があっていて、
その中で、
上海事変があんなに激戦になり、
日本軍が苦戦した背後には、
中国国民党軍へのドイツの軍事援助があったことが明らかにされていた。

当時、日本の友邦であったはずの、
ドイツが、

中国国民党軍へ、
最新式の機関銃を輸出し、
軍隊を訓練し、
作戦まで指導していた。

ヒトラーの決めた方針だったようだ。
そんなドイツと、
のちに同盟までする必要が、
どこにあったのだろう。

ドイツの中国への軍事援助のせいで、
日本が蒙った損害は莫大なものだった。

中国軍が遺棄した兵器などから、
そのことは容易にわかりそうなものだが、
戦時中、いったいどの程度そのことは明らかにされていたのだろう。

米英に対する敵愾心がいたずらに煽られ、
ドイツは友好国として、のちには同盟にまで突き進んだけれど、
それが賢い選択だったのか。

もっと日本の国内の議論が活発で、
きちんと事実を踏まえた議論がなされ、
日独伊三国同盟についても、
もっと慎重に議論すべきだったように思われる。

そのことを許さなかった、
当時の空気や言論弾圧こそが、
日本をだめにしたものだったように思える。

日独伊三国軍事同盟を構想した松岡洋右は、
ソビエトとこの三国の友好によって、
米英と対等に渡り合い、
戦争を抑止するつもりだったらしいけど、
それが絵に描いた餅で、
いかに情勢を見誤っていたかは今日言うまでもない。

日本の指導者の、
そうした情勢の見誤り、
およびドイツがイギリスに戦争で勝てると踏んだ、
そうした情勢判断の誤りは、
日本を破滅に追いやるものだった。

米英が日本に対する敵対を強めたのも、
日本がドイツと同盟を組んだ要素が非常に大きかった。

さらに、
今日から見ても、
およそナチスドイツほど邪悪な、
人道上許されない犯罪を犯し続けた国家はなかった。

ナチスなどと手を組んだばかりに、
当時の世界中の心ある人や国際世論は決定的に日本も邪悪な国家のように見なしたろうし、
それはいまなおあの時代の歴史を見るときに、続いているのではあるまいか。

そもそも、
あまりにもドイツとは離れていて実際にはなんら共同作戦がとれなかったし、
Uボートは次々に沈められ、物資の輸送はぜんぜんろくにできなかった。
つまり、同盟とは名ばかりで、
プラスになることは作戦上何もなかった。

よく、日本の戦争をアジア解放のためだったとか、
自存自衛のためやむをえなかったと主張する人がいるけれど、

もし本当にアジアを解放するためなら、
ナチスドイツなどと手を組まずに、
単独で英蘭と戦争すべきだったろう。
また、自存自衛のためならば、
ドイツとの同盟が逆に自存自衛を著しく危うくしたことを、
よくよく考察すべきだろう。

日本が敗戦の憂目にあい、
国土が焦土と化す破滅に至った原因には、
ずさんな日中戦争も大きな原因だったと思うが、
日独伊三国軍事同盟こそが致命的なミスだった。

昭和天皇は日独三国軍事同盟を推進した人々を、
のちのちまで憎み、非常に嫌っていたという。
そんな人々が、
靖国神社に合祀されていることを考えても、
靖国に首相が参拝することが非常に疑問に思われる。

歴史を何か決定論のように見なし、
日本のあの時代の戦争と破局を、
何か避けることのできない必然だったように論じて、
何もかも肯定する人がいるけれども、
実際は無数の選択の積み重ねがあったこと、
しばしば日独伊三国軍事同盟などの、
日本が主体的に選択できる選択での致命的な誤りが、
のちのちまで重大な禍根をのこしたことを、
きちんと検証すべきだろう。
歴史は必ずしも決定されているわけではなく、
そのつどの選択の積み重ねである。

最後に、
念仏者、仏教徒の立場から言えば、
ユダヤ人やロマ人や身障者を虐殺していたナチスは、
米英とは比較にならない邪悪な国家だったし、
その侵略政策も、
およそ不殺生の理想から程遠い国家だった。
米英にも植民地支配など多々問題はあったとしても、
いたずらに米英への敵愾心ばかり煽られ、
ドイツの問題点が十分考察されなかったあの時代の世論や議論には、
致命的な欠陥があったと思われてならない。

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「日中戦争ってなんだったのだろう」


日中戦争ってなんだったのだろう。
今日あっていたNHKの番組を見ていて、
改めてそう思った。

かつて八年間も、
日本が中国と戦争をしていた。

正当性と戦略論の両方において、
日中戦争は非常に疑問があったというか、
本当にずさんだったように思えてならない。

戦略論の方から考えてみると、
まずぜんぜん戦争をどこで終結させるかの、
確たる見通しがない。
一撃で終るという非常に甘い観測で戦争を始めて、
その後ずるずると戦線を拡大していった。

戦争は、
やはり最終的な手段であり、
むやみやたらに発動すべきものではなかったのではないだろうか。
もし発動するなら、
確たる見通しと細心の注意と慎慮をもって行うべきではなかったろうか。
その緊張感が、
著しく当時の日本の政府や軍の首脳には欠けていたように思える。

戦争に至る過程は、
後世から簡単には裁けない事情が当時にはあったかもしれない。
中国の日本に対する反発や抗議運動、
いわゆる反日・侮日や日貨排斥は、
何かしら対処が迫られる問題だったろう。
通州事件などの日本人居留民の虐殺事件もあった。
それらによって、日本の世論が激昂していたこともあっただろう。

しかし、中国との戦争について、
確たる見通しもないまま、ずるずると拡大したことの責任は、
当時の指導者は弁解の余地はないのではあるまいか。

さらに、戦略論から言えば、
中国と同時にアメリカと戦争をするなんて正気の沙汰じゃない。
どちらか一国だけでも手に負えないほど巨大な国なのに、
それをかつて日本はやった。
しばしば大東亜戦争を欧米からのアジア解放のための戦争だったという人がいるけれど、
もしその目的を本当に達成するためであれば、
中国との戦争は絶対に避けるべきだったろう。

次に、正当性の点からいえば、
どうなのだろう。

戦争に至る過程や、
戦争の大義名分は、
さまざまに議論があってしかるべきだし、
どちらか一方を悪だとか正義だとか言うのは、
軽々しくはすべきではないかもしれない。

しかし、「事変」という名をつけて、
国際法上の戦争ではないとして、
いつまでもずるずると武力行使を続け、
しかも戦線を拡大し続けたことは、
なんともけじめがないし、
戦争の正当性に関する緊張感もないような気がする。

国際世論からしても、
日本の行動は非常に孤立したもので、
多くの諸外国の共感を得ることができなかったことは事実だろう。

だから日本が間違っていたとは直接は結論できないとしても、
単に中国とのプロパガンダ合戦に負けたというだけでなく、
日本の行動が正当性の点で国際世論になんら共感を呼ばない要素が大きかったこともあったと思う。

こうした戦略と正当性の問題が、
結局自分では軌道修正できずに、
いつまでも緊張感を欠いてずるずると最悪の方向に進み、
対米戦争にまで突入して破滅するまで治らなかったことが、
一番の問題だと思う。

どうして自己修正ができなかったというと、
その最大の理由は、
まともな理性的な批判や異議申し立てを、
圧殺してしまうような時代の空気や風潮や、
言論弾圧が当時の日本に存在していたことだろう。

政治家でも斉藤隆夫など心ある人が日中戦争を批判したこともあったのだけれど、
議会の内外で斎藤隆夫にかけられた圧力はすさまじいものがあった。
共産主義者などの戦争批判は、
まったく許されず容赦のない取締りがあった。

当時の日本の宗教団体といえば、
良ければ沈黙するぐらいで、
積極的に日本の戦争を協力して讃美していた。

細かい事情や当時の状況はおくとして、
不殺生が仏教の根本であるから、
その観点からすこしはもの申すべきだったろうに、
何を当時の浄土教やその他の宗派していたのだろう。
おそらく、不殺生の精神を、
すこしも思い出さずに忘れていたのだろう。

自己修正、
自分での軌道修正ができなかったことが、
日中戦争における最大の教訓のような気がしてならない。

正当性が問われないところでは、
安易な武力行使や精神の退廃に陥りがちだし、
戦略についての活発な議論がないところでは、
無謀なままの戦争がずるずると続く可能性が大きい。
その危険性を、
日中戦争は如実に示している。

戦略について細かく論じるほどの知性や能力がないならば、
せめて宗教者や念仏者は、
正当性について論じるべきだし、
不殺生・非暴力の精神を論じるべきだろう。

なぜ日本が敗戦に至り、
都市は焦土と化し、
三百万以上の国民が戦死し、
多くの人が塗炭の苦しみを味わわねばならなかったか。

理由はさまざまにあったろうけど、
日中戦争が大きな原因だった。

もしあの悲劇を回避するとしたら、
日中戦争におけるもろもろの過程での選択を、
違う選択肢を選ぶことではなかったろうか。

いま、日本は、
はたしてどの程度、
あの時代の歴史の教訓を汲み取っているのだろう。

幸い、言論の自由はいまのところあるけれど、
どの程度その自由をきちんと有効に使っているのだろう。
イラク戦争の正当性や戦略について、
どの程度まともで活発な議論がなされたのだろう。
念仏者や仏教者やもろもろの宗教の人は、
どの程度不殺生や非暴力を信念をもって訴えているのだろう。

日中戦争が投げかける問題は、
未だにあまりにも大きいし、
ぜんぜん有効にその教訓が生かされていないように思われる。

さらに非常に単純な議論を、
仏教の立場から言うならば、
弘法大師の師の恵果阿闍梨も、
法然上人の師の善導大師も、
中国人だった。
大恩ある中国と、
同じ仏教徒の多い中国人と、
いがみあったりすることほど、
馬鹿げたことはあるまい。

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