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現し世の浄土

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「現し世の浄土」


魂を浄化してくれる、
そんなスポットがある。

私にとっては、
高千穂や阿蘇が、
そんな場所。

それを、
魂の故郷と呼んでもいいかもしれない。

あるいは、
魂を浄化してくれる場所、
こころを浄めてくれる土という意味で、

現世浄土だとか、
密厳浄土と呼んでもいいのかもしれない。

現し世の浄土ということを、
いちばん強調して説いたのは、
弘法大師だったけれど、

法然上人も、
善通寺にお参りしたときに、
そんな感想をもらしている。

その二人を結んだところにあって、
極楽浄土と密厳浄土をひとつに感じてひたすら求めて、
旅に生きたのが一遍上人だったのかもしれない。

浄土とは名詞ではなく、
土を浄めるという動詞。

この世には、
いくつか浄土の似像があって、
積極的にこの世に働きかけてくれている。

古代や中世の日本人は、
そんなスポットのひとつひとつに、
“カミ”を感じて社をつくり、

その奥底にある、
自然(じねん)のいのちそのものを、
大日如来だとか阿弥陀仏だとか呼んで、

手を合わせ、
心通わせてきた。

私はそんな、
古代からの日本人の心や、
弘法大師や法然上人や一遍上人が、
好きで好きで仕方なく、

浄土の光を求めて、
旅を続けてきた。

けれども、
忘れてはならないことはきっと、

これほどの魂の恵みをもたらしてくれた、
こうした美しい自然に対して、

感謝のこころを持つことであり、
恩返しを心がけることなのだと思う。

そして、できれば、
この現し世を、
少しでも浄土に似たものに、
創り耕し生きていくことなのだと思う。

阿弥陀杉

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「阿弥陀杉」


芯から疲れたときは、
あの樹を思い出そう。

阿弥陀杉、

名前に心ひかれて、
わざわざ会いに行った。

樹齢千数百年以上で、
七年前まではまっすぐ生えていたという。

台風によって大きな痛手を受けて、
大きく曲がってしまったけれど、

それでもなおかつ、
今も生き続けている。

いまいるポジションから、
またまっすぐ天に向かってのび、
生きようとしている。

阿弥陀杉の側に寄って、
念仏を称えたら、

阿弥陀杉の波動が、
びんびん伝わってきた。

やさしい爺のような、
しみじみしたオーラ。

いかなる挫折や、
痛手があろうと、
人はこのように、
生き続けねばならない。

自分の樹

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「自分の樹」


昔、読んだ本に、

世界のどこかに、
自分の樹を持つだけで、

世界のどこかに、
自分の樹を見つけるだけで、

人生の形や意味が、
ぜんぜん違ってくる、

そういうことが書いてあった。

私にも、
あちこちで、
忘れがたい樹との出会いがあったけれど、

特に、
このまっすぐのびる、
高千穂の杉の樹は、

私の人生の樹だと思う。

八年前に出会い、
いまひさしぶりに会った。

あれから、
私の人生はまっすぐのびてきたろうか。

高天原にまでのびようとする、
高千穂の台地に立つ、
樹齢八百年の杉の樹は、

前見たときよりも、
さらに立派に、
まっすぐのびているような気がした。

私も自分の心の中で、
まごころの樹を、
まっすぐのばしていきたい。

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