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「日本に生まれた世界人」
ヒマラヤの麓で生まれた大乗仏教は、
ギリシャ哲学の大きな影響を受けていた。
黄河や長江の流域の歴史や文化も、
北方遊牧民族や遠くローマやペルシアの影響を受けた。
ユーラシアは実はひとつであり、
人類の精神史は壮大なひとつの大河だ。
だから、
インドで生まれた仏典のすべてを五回読破し、
中国の歴史や思想にも精通していた法然上人は、
いわばそれらを通して、
ユーラシアの精神そのものだったと言える。
ユーラシアの精神を自己の中にとりいれていた。
日本に生まれた世界人。
それが法然上人だった。
そのことは同時に、
日本を忘れた世界人では決してなかったことを意味する。
他の祖師たちが外国に行って、
外国の権威に基づいて宗派を開いたのと異なり、
法然上人はあくまでこの国に居続けて、
この国に住む人々の魂のうめきを聞き続けた。
自分の選択で、自らの内から興る衝動によって、
新しい宗派を開いた。
狭い島国に心をとどめず、
どこまでも普遍に開かれた精神を培った。
あくまでこの島国に根を下ろし、
この国の内から興る魂のうめきを、
しっかりと声にした生涯だった。
そんな精神を発揮した生涯だった。
日本に生まれたことを忘れた世界人でもなく、
世界人であることを忘れた日本人でもなく、
日本に生まれた世界人。
そんな法然上人の精神が、
この上なく慕わしく思われる、
八百年後の今の日本。
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