共生浄土を求めて 時事・歴史

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「靖国問題に見る“閉じられた精神”  干渉一般の是非について」


新聞に載っていた世論調査によると、

小泉首相の八月十五日の靖国参拝を、
国民のほぼ半数の人が肯定しているらしい。

その主な理由は、
中国韓国から干渉されることへの反発、
他国から干渉される筋合いはない、
ということらしい。

しかし、
とりあえず靖国の問題に関して、
中国と韓国が干渉することの是非はおいて、

一般的に、
他国の歴史認識の問題に干渉することは、
本当に不当なものなのだろうか。
それとも、その歴史認識が間違っていると思う場合は、
干渉が当然許されるべきものなのだろうか。

私は、
靖国に固有の正当性の問題はとりあえず脇において、
一般論として見た場合、
干渉はあって良いと思う。

たとえば、
アメリカにおいては未だに原爆投下が肯定されている。

原爆投下を肯定し、
投下した乗組員らを英雄視するようなショーもあっているという。

もし、大統領が大々的にそういったものに関ろうとするなら、
日本人ならば当然それらを批判すべきだし、
批判は不毛なことでも不当なことでもあるまい。

また、
もしヒトラーを祀った神殿に、
ドイツの首相がいま参拝したら、
決してポーランドやイスラエルやフランスは、
座視のできる問題ではあるまい。
それを批判するのは、当然正当だろうし、
むしろ義務のようなものだ。

ゆえに、
他国の歴史の問題に、
外国が批判したり干渉したりすることそれ自体が、
一般的に不当であったりおかしいとする態度は、
非常に閉鎖的で誤った態度のように思われる。

もし靖国参拝が、
上記二つの事例とはぜんぜん異なり、
固有の正当性を持つというのであれば、
それをきちんと説明すべきだ。

他国に干渉される筋合いはないとばかり言うのは、
独善的で閉鎖的な、
閉じられた精神ではなかろうか。

私は、
東条元首相などは非常に不運な人々だったと思うし、
ナチスのヒトラーやゲーリングらと同程度の悪人とは全然思わない。
しかし、中国韓国から見た場合、
そう見えるということは認識してしかるべきだろう。

干渉が不当と思うなら、
理路整然と、
決してA級戦犯の人々はナチスドイツのような邪悪な戦争指導者ではなかったこと、
大東亜戦争に大義があったことを述べればいい。

それもせずに、
一般的に他国の歴史に干渉すること自体を、
不当で不毛のように感じたり、耳をふさぐことは、
あまりに大人気ないし、
不毛な閉じられた精神のように思われてならない。

“閉じられた心”は対立を生むだけで、
何も解決しない。

他人の干渉に耳を塞ぐだけではなく、
こちらの言い分をきちんと理論立てて説明しようとし、
相手の言い分もいったんは聞いて、
その理屈を吟味して、おかしいと思ったらきちんと相手に指摘すること。
それが、
“開かれた心”であり、
そこからしか、何か建設的な、未来志向というものも生まれえないのではないかと思われる。

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「米軍機の低空飛行の話 機銃掃射をするかしないか」


たまたま見たテレビの番組で、
戦時中の思い出話があっていて、

あの時代は、
アメリカの戦闘機が、
低空飛行で、
おもしろがって、
機銃掃射をすることがよくあったという。

ドラマや回想録でもよく、
田舎の畦道とかで、
女性やこどもが、
米軍機の低空飛行の機銃掃射の犠牲になった話が出てくる。

それで思い出したのだけれど、
私の父方の祖母が話していたこと。

たまたま田舎の畦道を歩いていたら、
アメリカの戦闘機がすぐ近くまで飛んできて、
乗っているパイロットと目があったという。

顔がはっきり見えて、
目があうぐらいまで近くに来たらしいが、
そのままその戦闘機は飛んでいっていなくなったと。

もし、その米兵が、
他の米兵のように、
おもしろ半分、ふざけ半分に、
機銃掃射をしていたら、
あるいは今の私は存在しないかもしれない。

私の祖母は、
とてものんびりして平和な人間なので、
おそらくその時も逃げもせずに、
のんびりと見上げていただけだったのだろう。

前に聞いたときは、
よくそれがどういう状況なのかわからず、
そんなこともあったんだねー、ぐらいに聞いていたけれど、
けっこうきわどい、
運命の分かれ道の瞬間だったように思える。

戦争という状況にあって、
同じように戦闘機に乗っていても、
機銃掃射をする人としない人がいる。

祖母と目のあった米兵が、
どういう人だったのか、
ぜんぜんわからないし、
名前すらぜんぜん知る術がないけれど、

きっと面白半分に銃をうったりすることがない、
まともな人だったのだろう。
心優しい人だったのかもしれない。

きっとその背景には、
そういう人を育てた、
家庭や地域があったのかもしれない。

そればかりは、
もう運命のようなもので、
機銃掃射で非業の死を遂げた人も、
うちの祖母みたいに何事もなく助かった人も、
その差というのは、
きっと自力を超えた他力のはからいとしか言いようのないものなのだろう。

日本を空爆していた米軍に感謝する筋合いはないし、
そもそも米軍機が、
非戦闘員の民間人を殺傷することが多かったこと自体が、
大問題だったと思うけれど、

同じ状況の中で、
ちょっとした選択の違いが、
人のいのちを助けることも殺してしまうこともある。

そんな積み重ねの上に、
今の自分もあるのだなあと思うと、
なんとも不思議な気がしてならない。

私の父方の祖父は、
ちょうどその頃大陸に出征していたそうだけれど、
後方の補給部隊だったこともあって、
一度も人を殺さずに済んだそうだ。
銃を撃つような局面でも、
撃たずにすましていたらしい。
ひょっとしたら、
それで死なずに済んだ人もいたかもしれない。

もし戦争があったら、
いや、戦争ではなくても、
何かしらちょっとしたことでも、

私は、祖母と眼のあった米兵や、
私の祖父のように、
少なくとも避けられる局面では、
人に向かって決して発砲しない人間になりたい。
決しておもしろ半分に人を撃ったりしない、
そんな人間でありたいと思う。

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「これが私たちの選んだ未来か 小泉首相の靖国参拝」


小泉首相が八月十五日、
今日、靖国神社に参拝した。

五年前の公約の実現らしい。

このことが、
小泉さんが言うとおりに、
平和を願うことに本当につながっているのか、
甚だ疑問もあるが、

小泉さんがこの日に参拝したのは、
あの時小泉さんを選んだ、
多くの人々のためだろう。

公約に不忠実な政治家よりは、
公約に忠実な方がいい。

もし問題があるとすれば、
はっきりそのような公約をうたっていた、
そんな政治家を、

よくよく公約の内容も吟味せず、
選び、支持してきた世論の問題だろう。

貧富の格差がこんなにも拡大し、
アメリカに対する従属がこんなにも進み、
大義のないイラクの戦争に自衛隊を送って支援するはめになり、
靖国に参拝して隣国との関係が悪化したのは、

ひとえに、
国民の多数が、
世論が選んだこと。

私は常に小泉政治を支持しなかったけれど、
もし、多数の国民が、
このような政策を本当に支持してきたなら、
まだしも納得がいかないながら仕方ないと思う。

けれども、
うんざりしてならないのは、
国民の多数は、個別の政策に関しては、
べつに小泉首相の、
貧富の格差拡大やイラク戦争や靖国参拝を、
そんなに支持しているわけではないということだ。

むしろ、
自民党をぶっこわすだとかいう、
漠然としたイメージや、

郵政民営化などという、
国民生活にとってそこまで重要ではない、
いわばどうでもいいことによって、

その陰に巧みに隠された重要なテーマをよく見ずに、
小泉政治を多数者が支持してきたことが、

なんともうんざりさせられる。

「戦争を二度とくりかえさないために」
そう言って、
小泉さんは靖国に参拝したけれど、

あそこに祀られているのは、
昭和天皇も不愉快だと言ったように、
ナチスドイツとの同盟を推進した松岡洋右らがいる。

日独伊三国軍事同盟のせいで、
どれほど日本は破局へと追い込まれたことだろう。
そのような国策を誤り、
ナチスなどという闇のかたまりと手を組んだ、
そんな人々が祀られているところに参拝して、
どうして平和の心をいただくことができようか。

東条さんや土肥原さんらは、
亡くなる前は法然・親鸞の念仏の教えにこそ帰依していた。
土肥原元陸軍大将は、
遺族に神道は捨てて念仏の教えに帰依するよう遺言していた。
多くのBC級戦犯の人々も、
南無阿弥陀仏によってこそ、
魂の救いを得て、不条理な裁判の死刑を受けいれていった。

もし、戦没者の追悼を真に願うなら、
平和な世の中を願うなら、
光の方を願うなら、
南無阿弥陀仏と称え、
阿弥陀仏の前に祈るべきではないか。

それが、浄土宗・浄土真宗という、
一宗派にしか関係のないことで、
広く国民すべての同意を得ない、
狭い形式にしかならないともし言うのであれば、
それは神道だって同じである。
もし、そう言うならば、
無宗教の形式で追悼すべきだ。

八月十五日、
あの日、日本がポツダム宣言を受託してから、
日本は、上の命令を聞くだけのシステムと、
その中で機械人間として生きるのをやめて、
民主主義の方へ、
自らの頭で考え、自らの意思で未来を選択する方へと、
歩き始めたと、
丸山真男らは言ってきたし、
多くの人もそのように考えてきた。

しかし、私たちは、
どのような現実を選んできたのか。
いま、どのような未来を選びつつあるのか。

私は、あの戦争のことを忘れてはならないと思うし、
その戦争が教えてくれたことを決して忘れてはならないと思う。
そして、その最大のことは、
細心の注意を払って国の運命を決めていかなくてはならないこと、
まだ選択の余地があるうちに、
自由の方へ、人間らしい方へ、
平和の方へと、
もっと努力すべきだったこと、
そういうことだったと思う。

コルベ神父のおかげで

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「コルベ神父のおかげで」


コルベ神父の事跡をはじめて聞いたのは、
もうだいぶ昔、
まだ高校生の頃だった。

その時の感動は忘れられない。

私はクリスチャンにはならなかったし、
今もなろうとは思わないけれど、

心のどこかで常に、
コルベ神父のように、
ありたいと思ってきた。

だから、
世の中の風潮に無批判に従ってはいけないと思って考えてきたし、
核や道理のない戦争には反対の声をあげてきた。

コルベ神父に比べれば、
比較にならないぐらい小さなものだけれど、
私がそうしたことができてきたのは、
心のどこかにコルベ神父の生き様が放った光があったからだと思う。

二十世紀は、
人間に絶望する材料は山のようにのこした。

いつの時代もそうだろうけど、
二十世紀には、
多くの人がシステムの歯車になり、
ネジになり、機械になりさがって、
上からの命令にただ従うだけの人間になってしまった。

ホロコーストで大量のユダヤ人を殺戮したのに、
上からの命令だし義務だったといって、
裁判においてなんら反省の色がなかったアイヒマンは、
そのような機械人間の最たるものだったろう。

しかし、
そんな時代の中でコルベ神父は、
パンドラの箱の一番奥から出てきたかのように、
希望の種を確実に蒔いた。

ホロコーストの極限状態において、
身も知らぬ人のために、
身代わりを申し出て、
自ら餓死室送りになった。

それは、人間がシステムや暴力によっても支配されず、
自らの意思で人間たりえることを、
確かに示した。

人間が自由であること、
愛に生きることができることを、
何よりも確かに示した。

私たちはどんな状況においても、
何であるかを決めることは、
きっとできるのだと思う。

状況そのものを変えることは、
たとえできないとしても、
状況を変えるには、
あまりにも非力で無力だとしても、

状況に対して、
出来事に対して、
どのような態度をとるかは、
きっといつも自分の選択であり、
自由なのだと思う。

そのことを、
コルベ神父は示してくれた。
そのことに、
本当に感謝せずにはおれない。

私は、クリスチャンではないし、
生まれた時代も国もコルベ神父とは異なるけれど、

いかなる状況や出来事に対しても、
自分が自由であることを忘れず、
どのような態度をとるかは自分自身の選択だと知って、

コルベ神父のように、
憎しみではなく愛を、
暗闇ではなく光を、
不信ではなく信を、
示すような生き方を選び取って生きたい。
本願を選択して生きていきたい。

コルベ神父のおかげで、
どんなに二十世紀の歴史を眺めても、
私はなお人間に絶望せず、
希望を持っていられる。

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「私たちの心の中にはコルベ神父もいればアイヒマンもいる」


私たちの心の中には、

コルベ神父もいれば、アイヒマンもいる。

ガンジーもいれば、ヒトラーもいる。

チャプリンもいれば、ゲッペルスもいる。

ゴルバチョフもいれば、スターリンもいる。

ダライ・ラマもいれば、ブッシュもいる。

マンデラもいれば、ビン・ラディンもいる。

光もあれば、狂気もあり、

人間性もあれば、機械もある。

仏陀もいれば、地獄もある。

キリストもいれば、ヘロデやカヤパやピラトもいる。

どちらを理想とし、
どちらを選び、
どちらを目指すのか。

私たちの現在は、
無数の仏陀やキリストの心を、
苦難の中で選んだ人たちに支えられている。

未来は、
そちらを選べば開かれ、
あちらを選べば閉ざされるだろう。

私たちはいま、
どちらを選び、
どちらに靡き、
どちらに傾きつつあるのか。

日々問い直し、
もし、良い方向への芽があるなら、
大いに喜び誉めて讃え、
信じていく。

もし、悪しき方向に靡いてしまっているならば、
たった今から改める。

その積み重ねがあって、
はじめて私たちは、
これからも生き続けることができるし、
生きのびることができるのだろう。

私たちの心の中には、
コルベ神父もいれば、アイヒマンもいる。

私たちは本当は誰も人間であり、
機械でも家畜でもないはずだ。

自らの頭で考え、
自らの心で感じ、
自らの良心に従って、
至誠心を尽くしていきることを、

決して忘れてはならないのだろう。

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