共生浄土を求めて 時事・歴史

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「日独伊三国軍事同盟こそが致命的な失敗だったと思う」


昨日、NHKで日中戦争についての番組があっていて、
その中で、
上海事変があんなに激戦になり、
日本軍が苦戦した背後には、
中国国民党軍へのドイツの軍事援助があったことが明らかにされていた。

当時、日本の友邦であったはずの、
ドイツが、

中国国民党軍へ、
最新式の機関銃を輸出し、
軍隊を訓練し、
作戦まで指導していた。

ヒトラーの決めた方針だったようだ。
そんなドイツと、
のちに同盟までする必要が、
どこにあったのだろう。

ドイツの中国への軍事援助のせいで、
日本が蒙った損害は莫大なものだった。

中国軍が遺棄した兵器などから、
そのことは容易にわかりそうなものだが、
戦時中、いったいどの程度そのことは明らかにされていたのだろう。

米英に対する敵愾心がいたずらに煽られ、
ドイツは友好国として、のちには同盟にまで突き進んだけれど、
それが賢い選択だったのか。

もっと日本の国内の議論が活発で、
きちんと事実を踏まえた議論がなされ、
日独伊三国同盟についても、
もっと慎重に議論すべきだったように思われる。

そのことを許さなかった、
当時の空気や言論弾圧こそが、
日本をだめにしたものだったように思える。

日独伊三国軍事同盟を構想した松岡洋右は、
ソビエトとこの三国の友好によって、
米英と対等に渡り合い、
戦争を抑止するつもりだったらしいけど、
それが絵に描いた餅で、
いかに情勢を見誤っていたかは今日言うまでもない。

日本の指導者の、
そうした情勢の見誤り、
およびドイツがイギリスに戦争で勝てると踏んだ、
そうした情勢判断の誤りは、
日本を破滅に追いやるものだった。

米英が日本に対する敵対を強めたのも、
日本がドイツと同盟を組んだ要素が非常に大きかった。

さらに、
今日から見ても、
およそナチスドイツほど邪悪な、
人道上許されない犯罪を犯し続けた国家はなかった。

ナチスなどと手を組んだばかりに、
当時の世界中の心ある人や国際世論は決定的に日本も邪悪な国家のように見なしたろうし、
それはいまなおあの時代の歴史を見るときに、続いているのではあるまいか。

そもそも、
あまりにもドイツとは離れていて実際にはなんら共同作戦がとれなかったし、
Uボートは次々に沈められ、物資の輸送はぜんぜんろくにできなかった。
つまり、同盟とは名ばかりで、
プラスになることは作戦上何もなかった。

よく、日本の戦争をアジア解放のためだったとか、
自存自衛のためやむをえなかったと主張する人がいるけれど、

もし本当にアジアを解放するためなら、
ナチスドイツなどと手を組まずに、
単独で英蘭と戦争すべきだったろう。
また、自存自衛のためならば、
ドイツとの同盟が逆に自存自衛を著しく危うくしたことを、
よくよく考察すべきだろう。

日本が敗戦の憂目にあい、
国土が焦土と化す破滅に至った原因には、
ずさんな日中戦争も大きな原因だったと思うが、
日独伊三国軍事同盟こそが致命的なミスだった。

昭和天皇は日独三国軍事同盟を推進した人々を、
のちのちまで憎み、非常に嫌っていたという。
そんな人々が、
靖国神社に合祀されていることを考えても、
靖国に首相が参拝することが非常に疑問に思われる。

歴史を何か決定論のように見なし、
日本のあの時代の戦争と破局を、
何か避けることのできない必然だったように論じて、
何もかも肯定する人がいるけれども、
実際は無数の選択の積み重ねがあったこと、
しばしば日独伊三国軍事同盟などの、
日本が主体的に選択できる選択での致命的な誤りが、
のちのちまで重大な禍根をのこしたことを、
きちんと検証すべきだろう。
歴史は必ずしも決定されているわけではなく、
そのつどの選択の積み重ねである。

最後に、
念仏者、仏教徒の立場から言えば、
ユダヤ人やロマ人や身障者を虐殺していたナチスは、
米英とは比較にならない邪悪な国家だったし、
その侵略政策も、
およそ不殺生の理想から程遠い国家だった。
米英にも植民地支配など多々問題はあったとしても、
いたずらに米英への敵愾心ばかり煽られ、
ドイツの問題点が十分考察されなかったあの時代の世論や議論には、
致命的な欠陥があったと思われてならない。

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「日中戦争ってなんだったのだろう」


日中戦争ってなんだったのだろう。
今日あっていたNHKの番組を見ていて、
改めてそう思った。

かつて八年間も、
日本が中国と戦争をしていた。

正当性と戦略論の両方において、
日中戦争は非常に疑問があったというか、
本当にずさんだったように思えてならない。

戦略論の方から考えてみると、
まずぜんぜん戦争をどこで終結させるかの、
確たる見通しがない。
一撃で終るという非常に甘い観測で戦争を始めて、
その後ずるずると戦線を拡大していった。

戦争は、
やはり最終的な手段であり、
むやみやたらに発動すべきものではなかったのではないだろうか。
もし発動するなら、
確たる見通しと細心の注意と慎慮をもって行うべきではなかったろうか。
その緊張感が、
著しく当時の日本の政府や軍の首脳には欠けていたように思える。

戦争に至る過程は、
後世から簡単には裁けない事情が当時にはあったかもしれない。
中国の日本に対する反発や抗議運動、
いわゆる反日・侮日や日貨排斥は、
何かしら対処が迫られる問題だったろう。
通州事件などの日本人居留民の虐殺事件もあった。
それらによって、日本の世論が激昂していたこともあっただろう。

しかし、中国との戦争について、
確たる見通しもないまま、ずるずると拡大したことの責任は、
当時の指導者は弁解の余地はないのではあるまいか。

さらに、戦略論から言えば、
中国と同時にアメリカと戦争をするなんて正気の沙汰じゃない。
どちらか一国だけでも手に負えないほど巨大な国なのに、
それをかつて日本はやった。
しばしば大東亜戦争を欧米からのアジア解放のための戦争だったという人がいるけれど、
もしその目的を本当に達成するためであれば、
中国との戦争は絶対に避けるべきだったろう。

次に、正当性の点からいえば、
どうなのだろう。

戦争に至る過程や、
戦争の大義名分は、
さまざまに議論があってしかるべきだし、
どちらか一方を悪だとか正義だとか言うのは、
軽々しくはすべきではないかもしれない。

しかし、「事変」という名をつけて、
国際法上の戦争ではないとして、
いつまでもずるずると武力行使を続け、
しかも戦線を拡大し続けたことは、
なんともけじめがないし、
戦争の正当性に関する緊張感もないような気がする。

国際世論からしても、
日本の行動は非常に孤立したもので、
多くの諸外国の共感を得ることができなかったことは事実だろう。

だから日本が間違っていたとは直接は結論できないとしても、
単に中国とのプロパガンダ合戦に負けたというだけでなく、
日本の行動が正当性の点で国際世論になんら共感を呼ばない要素が大きかったこともあったと思う。

こうした戦略と正当性の問題が、
結局自分では軌道修正できずに、
いつまでも緊張感を欠いてずるずると最悪の方向に進み、
対米戦争にまで突入して破滅するまで治らなかったことが、
一番の問題だと思う。

どうして自己修正ができなかったというと、
その最大の理由は、
まともな理性的な批判や異議申し立てを、
圧殺してしまうような時代の空気や風潮や、
言論弾圧が当時の日本に存在していたことだろう。

政治家でも斉藤隆夫など心ある人が日中戦争を批判したこともあったのだけれど、
議会の内外で斎藤隆夫にかけられた圧力はすさまじいものがあった。
共産主義者などの戦争批判は、
まったく許されず容赦のない取締りがあった。

当時の日本の宗教団体といえば、
良ければ沈黙するぐらいで、
積極的に日本の戦争を協力して讃美していた。

細かい事情や当時の状況はおくとして、
不殺生が仏教の根本であるから、
その観点からすこしはもの申すべきだったろうに、
何を当時の浄土教やその他の宗派していたのだろう。
おそらく、不殺生の精神を、
すこしも思い出さずに忘れていたのだろう。

自己修正、
自分での軌道修正ができなかったことが、
日中戦争における最大の教訓のような気がしてならない。

正当性が問われないところでは、
安易な武力行使や精神の退廃に陥りがちだし、
戦略についての活発な議論がないところでは、
無謀なままの戦争がずるずると続く可能性が大きい。
その危険性を、
日中戦争は如実に示している。

戦略について細かく論じるほどの知性や能力がないならば、
せめて宗教者や念仏者は、
正当性について論じるべきだし、
不殺生・非暴力の精神を論じるべきだろう。

なぜ日本が敗戦に至り、
都市は焦土と化し、
三百万以上の国民が戦死し、
多くの人が塗炭の苦しみを味わわねばならなかったか。

理由はさまざまにあったろうけど、
日中戦争が大きな原因だった。

もしあの悲劇を回避するとしたら、
日中戦争におけるもろもろの過程での選択を、
違う選択肢を選ぶことではなかったろうか。

いま、日本は、
はたしてどの程度、
あの時代の歴史の教訓を汲み取っているのだろう。

幸い、言論の自由はいまのところあるけれど、
どの程度その自由をきちんと有効に使っているのだろう。
イラク戦争の正当性や戦略について、
どの程度まともで活発な議論がなされたのだろう。
念仏者や仏教者やもろもろの宗教の人は、
どの程度不殺生や非暴力を信念をもって訴えているのだろう。

日中戦争が投げかける問題は、
未だにあまりにも大きいし、
ぜんぜん有効にその教訓が生かされていないように思われる。

さらに非常に単純な議論を、
仏教の立場から言うならば、
弘法大師の師の恵果阿闍梨も、
法然上人の師の善導大師も、
中国人だった。
大恩ある中国と、
同じ仏教徒の多い中国人と、
いがみあったりすることほど、
馬鹿げたことはあるまい。

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「炎王光仏・不断光仏よ、核廃絶を」


炎王光仏よ、
不断光仏よ、
人類に、日本人に、私に、
どうか核廃絶の力をお与えください。

炎王光仏のように、
正気の炎を燃え立たせ、

不断光仏のように、
不断の意志をもって、

核廃絶に取り組めば、

きっと、
この地から、
まがまがしい狂気の核を、
恐怖の大王のような原爆を、

払拭することができる。
なくすことができる。

一心称名の中、
炎王光仏・不断光仏のようになって、
核廃絶を願っていきたい。

南無阿弥陀仏と称える人は、
腑抜けて、
この時代の危機に何も感じないようでは、
決してなるまい。

正気の炎を燃え立たせ、
不断の意志をもって、
核廃絶に取り組み、
阿弥陀仏の本願に仕えて、
核のない平和な共生浄土の実現に努めてこそ、
人の中の白蓮であり、
真の念仏者といえよう。

阿弥陀仏とは、
炎王光仏。

阿弥陀仏とは、
不断光仏。

一心称名の中、
炎王光仏となり、
不断光仏となりゆこう。



【追記】
炎王光仏・不断光仏  ともに、無量寿経の中に出てくる阿弥陀仏の異名。
炎王光仏は、不動明王と同じ姿で仏画に描かれたりするので、不動明王のことと思ってもいいのかもしれない。

堂々男子ならば

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「堂々男子ならば」


天草四郎が、
たんに島原や天草の領主だけではなく、

幕府を向こうにまわして闘ったように、

いつか私も、
アメリカをこそ向こうに回して、
大立ち回りをしてみたいものだ。

もちろん、
言論によって、
剣より強いペンをもってだけれど。

そのためには、
よほど学問を修め、
英語も修めないとなあ。

その政道の非を鳴らすためには、
よほど自分の中の、
智慧と徳を怠りなく磨いておかなくてはなあ。

ガンジーが、
サティーヤグラハによって、
素手で大英帝国を打ち負かしたように、

私も、
真理の把持によって、
一心称名によって、
いつか大米帝国を打ち負かして、

核のない世や、
基地のない沖縄や、
これ以上二酸化炭素が増えない地球を、
実現する一助になることができるなら、

堂々男子は死んでもいいと、
男子の本懐これに尽きると、
思わずにはおれない。

しかし、
その前に、
アメリカの悪いところばかり見習って従っている、
この足元の日本をどうにかすべきなのかもしれないけれど。

天草四郎には及ばずながら、
堂々男子は死んでもいいだけの、
気概と気迫は忘れずありたい。

そんなことを、
あまりに暑すぎてよく眠れない夜に、
つらつら思った。

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「原爆は全く不必要な殺生だった 長崎では特に」


長崎に、
どうして原爆が投下される必要があったのだろう。
不必要だったのではあるまいか。

それは、
広島でも同じく問われるべきことなのだけれど、

長崎の場合、
特に不必要だったと思わせる要素が多い。

今もって、
原爆投下を正当化する理由として、
日本を降伏させるには、
原爆しかなかったということを言う人がいる。

特にアメリカに多いようだが、
原爆投下があったために、
それ以上の米兵の犠牲を回避することができ、
早期に戦争を終結させることができたのだと言う人々がいる。

この意見はいくつかの点で非常に疑問があり、
私はそうは思わないのだけれど、
百歩譲って、
とりあえずこの理屈にのっかってみるとしよう。

そうした場合であっても、
長崎への原爆投下は全く正当化できないのではないのだろうか。

日本への威嚇のためだけなら、
広島だけで十分だった。
実際、日本の政府首脳は、
戦争終結に向けての御前会議を始めていた。

長崎への原爆投下は、
戦争の早期終結のためではなく、
ソビエトへの威嚇のためだったと思えてならない。

その前日の八月八日に、
ソビエトは日本との不可侵条約を一方的に破棄して、
満洲で民間人を虐殺しながら急速に勢力を拡大していたけれど、

アメリカは戦後の冷戦を見越して、
自国の優位を確立し、
ソビエトを威嚇するために、
長崎に原爆を投下したのだと思う。

日本への威嚇のためであったなら、
長崎への原爆投下は、
もはや不要だったのではないか。

仮に、
日本の降伏を早めるために、
二発めの原爆を投下したと考えてみよう。
その場合、
長崎に投下しなければならぬ必要性はどこにあったのだろう。
戦略上の必要性は何もなかった。

広島には「軍都」という性格があったことが、
しばしば指摘される。
しかし、長崎には何があったろう。

もともと、小倉に投下しようとして雲が分厚くてできなかったので、
帰り道に長崎に変更したというぐらい、
いいかげんな決定だった。

私は、広島への原爆投下も許されないと思うし、
戦争終結のためにやむをえなかったとも全然思わないけれど、

長崎は特に、
仮にアメリカ側の言い分にのっかった上であっても、

全く不必要な、
無用な殺傷だっだと思う。

甚だしい国際法違反であり、
許されざる大罪だったと思えてならない。

ソビエトとの駆け引きのために、
原爆の威力をさらに確認するために、
せっかく造った原爆を使ってみたかっただけのために、
無差別な虐殺を行った。

その罪を未だに認めないアメリカは、
ナチスドイツの犯罪を認め謝罪したドイツに比べて、
いったいどうなのだろう。

アメリカは戦後、
長崎の被爆した教会やマリア像のフィルムを検閲し、
公開されないようにしたという。
良心に疚しさを感じていたのだろう。

もちろん、どの宗教の人であろうといのちの尊さは平等だけれど、
同じキリスト教徒や教会に原爆を投下して、
そのことをこそこそと隠そうとしていたアメリカの態度には、
とても胸の悪くなるものを感じる。

被爆した教会やマリア像の写真は、
アメリカの言う正義や人道や文明のための戦争というものが一体なんだったのか、
その欺瞞性を赤裸々に語るものだろう。

本当は広島もそうだと思うけれど、
長崎を見れば、
アメリカの原爆投下がいったいなんだったのか、
いかに不必要な殺生だったか、
明白にわかるのではないだろうか。

原爆投下について審理されず、
なんら裁かれなかった東京裁判は、
やはり片手落ちで、重大な問題をはらんでいたと思う。

靖国参拝にこだわるよりは、
よほどアメリカの原爆投下の国際法違反を批判する方が、
独立国として、
歴史を語り継ぎ、
先人の意思を汲み取り、
慰霊するために必要なことではあるまいか。

広島の慰霊碑にある、
「あやまちはくりかえしませぬから」
という言葉は、
主語と述語が不明だけれど、

本当は、
私たち後世の日本人が、
無謀な戦争という過ちは二度と繰り返さないということと、

アメリカの政府や軍の指導者が、
原爆投下という過ちは、
二度と繰り返さないという、

二つの意味をこめるべきではないか。

しかるに、
後者は未だに実現していない。

どうか、
広島や長崎の慰霊碑の前で、
二度とあやまちをくりかえさぬと、
アメリカの代表に言わせることを、

敗戦からもう六十一年も経ったのだから、
いいかげんに卑屈と従属をやめて、
心がけていくべきではないかと思う。

日本人が、
原爆の国際法違反や犯罪について十分アメリカを追及しないと、
いつまでもアメリカは劣化ウラン弾等の放射能兵器を他国にばら撒き続け、
核兵器に対して何の良心の呵責も感じないという、
現状が続いていくのではあるまいか。

戦争の終結のために原爆投下が必要だったというアメリカの理屈に対して、
日本人は二つのことを主張すべきだと思う。

第一は、長崎の例をあげて、
相手の理屈に仮にのっかっても、
長崎への投下は全く不必要だったことを。
第二は、広島の原爆投下も戦争終結のためには不必要だったことを、
いろんな角度から論じてみること。

第二は、また機会を改めて論じたいし、
アメリカに簡単に納得させることはむずかしいかもしれないが、
第一のことについては、
もっと本当は言った方が良いのではないだろうか。

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