共生浄土を求めて 時事・歴史

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

「遠くの県からも原爆は見えた」


数年前に亡くなった、
私の祖父が生前語ってくれたこと。

その年の八月九日、祖父は熊本市にいたが、
そこから、
長崎の原爆が見えた、
と言っていた。

熊本市内の道を歩いていたら、
ピカッと閃光が走り、
空気がぶるぶるっと震え、
遠くにきのこ雲があがるのが見えたと。

その瞬間、
恐怖で身体が震えたと。

私の祖父はとても気丈な人で、
大陸ですでに戦地も経験していたし、
ちょっとやそっとのことで怖がることはまずない、
肝の据わった人だったけれど、

それが、恐怖が身体を突き抜けたというのだから、
原爆とはいったい何だったのだろう。
想像に余りあるものがある。

翌日、早くも祖父は、
長崎に新型爆弾が投下されたという話を人から聞いたという。
終戦の前に、意外と早く情報はかけめぐっていたそうだ。

中曽根康弘さんの回想録にも、
高松から広島の原爆のきのこ雲が見えたという一節があった。

原爆が他県から見えたという証言は、
他にはあんまり聞かない気がする。

原爆の回想録は、
広島・長崎のものがほとんどで、
被害の実態を伝えるのには、
その証言にまさるものはないけれど、

いかに原爆の威力が強く、
恐ろしいほど規模の大きなものだったかを知るには、
直接の被害は何もなかったとしても、
遠くの県からも見えたという証言も、
案外大切かもしれない。

原爆は、
広島と長崎だけにとどまるものではなく、
あの瞬間、
空気の震えや恐怖は、
隣の県や、もっとずっと先の地球上に広がっていった。

他人事では済まされない、
何かが走り、刻印された。

あの時、
原爆の直接の被害は、
広島と長崎の人だけが、
キリストや法蔵菩薩のように、
自分の身にのみ背負い込み、
他の地域の人々は免れた。

しかし、他の地域に住んでいた人々も、
後世に生きる私たちも、
自分とは無関係のことではないのだろう。

ある無関係の地域にのみ起こった出来事ではなく、
同じ地上の、
人類の上に落ちたということを、
私たちは忘れてはいけないのだと思う。

ちょっと投下の地点がずれれば、
被害がなかった地域の人々の上に落ちていたかもしれない。
原爆ではなく水爆であったなら、
見えただけで済んだ地域も消し飛んでいたかもしれない。

恐怖の大王のような、
原爆のきのこ雲は、
もう二度と、
この地球上に作り出してはならないのだと思う。

イメージ 1

「六十一回目の八月九日に思ったこと」


今年の八月九日の平和祈念式典で、
長崎の市長さんが指摘していた。

世界の核不拡散体制が、
崩壊しつつある、
と。

そうなのだろう。
私たちが思っているよりも、
人類の置かれている状況は、
ずっと厳しいのかもしれない。

平和ボケという言葉はあまり好きではないけれど、
核不拡散体制が崩れつつあることに、
なんの対策も講じようとしないのは、
人類の精神がかなりボケてきている証拠かもしれない。

アメリカの愚行と、
それに対抗しようとする国々の愚行とが、
核廃絶を遅らせるどころか、
核不拡散体制すら崩壊させつつある。
明らかなる国際法違反の核兵器を持とうと競いあって。

日本の政府は、
9.11以後のそうした動向に、
いったい何をしてきたのだろう。
政府があまり何もしないのは、
それを支える庶民の世論が、
その程度のものだったからなのかもしれないけれど。

たった一発で、
これほどの被害が出る核兵器を、
三万発もすでに人類は抱え込んでいる。

式典でも、
息子さんを白血病でなくされた方が、
被爆の時の地獄絵図のような状況と、
それから何十年も経ってから訪れる後遺症の悲しみを、
切々と訴えておられた。

チェルノブイリの原発事故や、
ユーゴやイラクの劣化ウラン弾の問題はあったけれど、
なんとか今まで原爆そのものが戦争に実際に使用されることは防がれてきた。
しかし、これからはどうなのだろう。

冷戦の時代も、
何度も一触即発の危うい瞬間があり、
僥倖と偶然と、
その時々のケネディやフルシチョフやゴルバチョフらの、
指導者の良心が、
本当にたまたま人類の破滅を回避してきた。

今、
それほど危うい橋をなんとか渡ってきたことを、
人類はちゃんと認識しているのだろうか。
また、指導者に、かつてほどの良心と危機感はあるのだろうか。

イランが現在核兵器を開発しようとしており、
なんとかアメリカが押さえ込もうとしているけれど、

公平な目で見るならば、
どちらも悪魔の心に靡きつつあるとしか思えない。

新たに核兵器を開発しようとするイランも間違っていると思うけれど、

大量破壊兵器を持たなかったイラクを、査察に応じたにもかかわらず、
正当な理由もなく攻撃して破壊した米英のやり口を見ていれば、

自国の防衛は、正当な理性に訴えるだけではムリだと、
イランが考えるのも、わからないこともない気がする。

あの時、核廃絶を願う心ある人であるならば、
イラク戦争に反対するべきであったろうし、
イラク戦争を遂行したり支持した人々は、
イランを核開発に追いやった責任を省みて欲しい。

今後は、すでにして手遅れでないならばいいが、
イランの核開発を断じて許さないのと同時に、
核を持たなくても不条理な攻撃をイランが受けることがないよう、
アメリカの暴走を国際社会が許さないことを、
人類のひとりひとりが声に出していくしかないのかもしれない。

長崎を最後の被爆地に、
という仏のような被爆した方々の想いを、
決して無にしてはなるまい。
それが、人間としての良心というものだ。

小泉さんは、
憲法の平和条項の遵守と、
非核三原則と、
国際社会の先頭に立っての核廃絶の努力を、
スピーチの中で言っていた。

どうか、それが空疎なうわべだけの言葉ではなく、
我が国の首脳の衷心からの願いと意志であることを、
これからも受け継がれていくことを、願わずにはおれない。

一向に、
核廃絶が進まない、
人間は何をしているのだ、

そう長崎の人々は思っていると、
平和祈念式典で長崎の市長さんが言っていたけれど、

本当に、なんと愚かなことを、
ここ数年の人類の歴史は行っていることか。

私にできることは、
祈ること、
念仏をすることぐらいしかないけれど、

そして、ほんのささいな声をあげることぐらいしかないけれど、

一心称名の中、
炎王光仏の如くなって、
核廃絶を願う、
正気の炎を、
他の人々と共に燃え立たせていきたい。

イメージ 1

「魂の鳥を己が内に生かすこと」



共生浄土を夢見る力。
その強さ。

また、自由に夢を見、
それを生きることのできる日常が、
いかにかけがえのないことか。

その二つのことが、
『アニマの鳥』を読んでいると、
胸を打つ。

かつて、
自由に信仰もできず、
日常の生活すら、
重税と不条理な仕打ちで脅かされる時代があった。

そんな中にあって、
勇気をもって、
後世に光の矢を放った人々を、

忘れずに、
受け止めていくことを、
私は心がけていきたい。

たぶん、
今を生きる私たちの生は、
無数の過去のいろんな出来事や思いに支えられている。

その中で放たれた光の矢を、
想いを受け止めてこそ、
私たちの生も深まるのだと思う。

魂の鳥というものは、
きっと幾世代にも渡って、
受け継がれ、
生き続けていくものなのだと思う。

けれども、
魂の鳥というものは、
きっと想いを受けとめ、
受け継ぐ人がいてこそ、
その中に不死鳥のように生き続けるものなのではないだろうか。

この島国にも、
今までいろんな弾圧の歴史があり、
浄土教やキリスト教が、
自由主義や無政府主義や共産主義が、
過酷な弾圧を受けた時代もあったけれど、

その中で放たれた光の矢を、
その中で飛び立った魂の鳥を、
私の中に受け止め、
受け継ぎ、
生かしていきたいと、
思う。

往生とは、
真に生き往くこととは、
そういうことでもあるまいか。

「広島の原爆から六十一年目の記念式典でのメッセージを聞いて」


朝、テレビを通してだけれど、
広島の平和祈念式典の様子を見、
黙祷を捧げた。

式典ではこどもが二人、
小学生とは思えないしっかりした口調で、

自分の思いを伝え、
相手の思いを聞くこと、
心を開くことが大切だと、

また、いのちを大事にすることが大切だと、
スピーチしていた。

ああ、こんなしっかりした子どもたちがいるなら、
日本の未来も安心だなあと頼もしい気になった。

本当は、私のような二十代ぐらいの世代が、
一番しっかりしなくちゃいけないのだろうけど。

そのあとの、
小泉さんの話は、
何も印象にのこらなかった。

原爆を投下したアメリカに対して、
何も言わず、

いや、心を開く前に、
開く心をそもそも日本の首脳が持たないような、

そんな空疎な時代が、五年も続いてきたのだなあ。
いや、もっと前からかもしれないけれど。

広島の市長は、
私たちは自由か奴隷化の岐路に立っていると言っていたけれど、

私たちの大半が、
自分は自由でいるつもりだけれど、
実は奴隷なのかもしれないと懐疑してみることが、
本当は大事なのかもしれない。

核兵器の問題は、
私たちの外にある問題ではなくて、
実は私たちの内なる心の問題であり、
自由の問題でもあるのだろう。

六十一年目の八月六日

イメージ 1

「六十一年目の八月六日」


「このような苦しみは、
他の誰にも味わわせたくない」

という心は、
仏の心以外の何ものでもない。

慈悲の心、
人間の最も崇高な心、
仏や菩薩の心以外の、
何ものでもあるまい。

想像を絶する苦しみを受けながら、
多くの広島や長崎の人々が、
このような心を発してきた。

この心から、
一心に、
核兵器の被害が二度と繰り返されないことを、
核廃絶を、
願い、訴えてこられた。

この仏の心を、
たかだか六十一年が経ったぐらいで、
決して風化させてはなるまい。

もし、悪魔の心ではなく、
菩薩や仏の心を目指すのであれば、
仏の心に帰命するのであれば、

この願いをこそ、
この日の来るたびに新たにし、
全世界に伝え、
実現させていかなくてはなるまい。

他人の痛みに鈍感で、
何の想像力もなく、
平気で他人に苦痛を与える心は、
悪魔の心だろう。

私たちはいま、
仏の心と、
悪魔の心の、
どちらに靡きつつあるのだろう。

自分の国には大量の核兵器を持っており、
小型の核兵器まで新たに実験・製造し続け、
正当な理由もなく戦争を起こし、
放射能を帯びた劣化ウラン弾をばら撒いて、
多くのこどもや女性を殺傷して、
恬然として恥じない、

そんな自称正義の国の政府と、
その片棒を担ぐ国の政府は、

仏の心の持ち主と、
悪魔の心の持ち主と、
どちらの名にふさわしいのだろう。
(もちろん、そんな国でも一般人の中には多くの仏の心の持ち主がいるけれど)

仏の心は、
常に新たにすべきものであり、
そうしないと、
案外簡単に忘れられてしまうのかもしれない。

この日の来るたびに、
人は、みずから、
自分の心が、
仏の心と悪魔の心と、
どちらに靡いているか、
省みるべきかもしれない。

それを省みることを忘れた時、
風化はとめどもなく進んでしまうと思う。

仏の心を、
たった六十一年しか経っていないのに、
風化させてはならない。

仏の願いを、
たった六十一年しか経っていないのに、
風化させてはならない。

八月六日、
六十一年目の日に、
そう思った。

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事