|
「永田議員のメール問題とイラク戦争」
最近世の中を騒がせているメールの真偽問題。
民主党の永田議員に対する自民党やその支持者たちの辛辣な批判。
根拠薄弱なのに相手を批判攻撃した道義的責任とかなんとか。
そういった言葉を聞いていて、
ふっと思い出したことがある。
イラク戦争だ。
あれもまさに根拠薄弱にもかかわらずアメリカがイラクを非難し、
あげくの果てには戦争をしかけて随分多くの犠牲者が出た。
しかも、結局その攻撃の理由とされていた大量破壊兵器は全然存在しなかったことが戦争のあとに明らかになった。
あの戦争を支持して協力した、
わが国の与党の責任はいったいどうなったのだろう。
どう解釈しても侵略戦争への協力を否定した憲法を持っている国なのだが、
随分アメリカにべったり協力しているようだ。
薄弱な根拠で相手を批判したり、
あげくの果てに根拠がなかったことが問題だというのならば、
ほんの数年前のあの戦争について、
きちっと大量破壊兵器がなく、そもそも開戦理由が不当だったことについてどう考えているのか、
聞かせて欲しいものだ。
しかし、メディアはどんどん新しい目先の問題をとりあげるばかりで、
数年も経った問題は、どんどん忘れ去られていく。
もうとても長い間、
この国では与党が問題を起しても、
その追及の矢先に野党が自ら準備不足や失態によって墓穴を掘って、
延延と与党が政権を独占する状態が続いている。
メディアのとりあげる目先のトピックやイメージに、
世論はすぐに染め上げられる。
劇場型政治は、
イメージが勝負だ。
内容や長い時間の尺度での問題は考察されない。
先の選挙でも、
国民の間に広がりつつある経済的な格差や、
あるいはイラク戦争や対米追随外交といった問題点は、
郵政民営化の前に吹き飛んで、
与党の圧勝となった。
しかし、郵政が国営でも民営でも、そんなに私たちの生活は変わるのだろうか。
そんなに他の問題やこの国の全体のあり方に比べて、
郵政は大事な問題だったのだろうか。
野党の準備不足や未熟さについての批判は当然としても、
この国が抱える生活の質や外交についての問題が、
劇場型政治の舞台裏に置かれて不問に付されていく。
もしそうだとしたら、
この国はどうなっていくのだろう。
永田町の政治はいつも茶番めいているし、
ひとりの個人にはなにもできない大きな流れと愚かしさがあるが、
私はせめて昔のことを忘れず、
何か似たような言葉を聞いたら、
それを言っている本人たちのかつての行動は何だったのか忘れずにいたい。
|