光明生活を求めて 旅 自然

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愛の鐘

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「愛の鐘」


祈りをこめて、
愛の鐘を撞いた。

阿弥陀仏の平等の慈悲が、
どうか四方の海を越えて、
人々の心の上に届きますように。

キリストの平等の愛が、
どうか四方の海を越えて、
人々の上に届きますように。

かつて、
阿弥陀仏の慈悲を、
鈴木重成という人が、

キリストの愛を、
天草四郎という人が、

それぞれに具現して、
この地で生きた。

言葉はなんであろうと、
愛は愛であり、
根底はひとつ。

天草の丘の上で、
愛の鐘を撞いて、
そんなことを思った。

私も生涯を通じて、
愛の鐘を響かせていこう。

歩き続けていたら

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「歩き続けていたら」


歩き続けていたら、
いつか本当の自分になれる気がした。

だから、
歩き続けてきた。

いつになったら、
自分は真の自分になれるのか、
さっぱりまだわからないが、

一歩一歩、
本当の自分に近づいていると、
信じて称名しながら歩いていく。

私にできるのはそれだけ。

先に進んでいるのかどうかさえ、
時にわからなくなるけれど、

以前は見たことがなかった、
そんな景色を見ることもあった。

生きていてよかったと思う瞬間があった。

それだけで、
きっと先に進んでいるんだ。

念仏さえ称えていれば、
真実心を生きることができると、
法然上人が太鼓判を押してくれたのだから、

ただ歩いていこう、
南無阿弥陀仏を称えながら。

ただ生きて、
ただ歩いて、
念仏を称えていこう。

私にできるのはそれだけだけど、
きっとそれだけでいい。

阿弥陀仏におまかせして、
風に乗っていこう。

歩いていく中には、
出会いも別れもある。

別れがあろうと、
人は生きていかなくてはならない。

生きていれば、
きっといろんな出会いもある。

すべて受けいれて、

風に任せて、

後ろを振り返らず、
歩き続けていこう。

旅先の教会

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「旅先の教会」


旅先で訪れた、
教会の美しさ。

地元に根付いた、
その心の美しさ。

遠い遠い西海の、
半島の果てに、

何百年も信仰の火をたやさず、
こんなに美しい教会までつくりあげた人々がいる。

大したものだ。

いかなる冬の時代をも耐えて、
信念さえ持ち続ければ、
人間にはどんなことだってできる。

崎津の教会は、
そう教えてくれた。

ミカエル地蔵

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「ミカエル地蔵」


旅先で、
見たこともないものを見た。

ミカエルかガブリエルか、
おそらくキリスト教の天使と、
日本の地蔵が習合したような石仏。

島原の乱のあとも、
このようなものが、
この旅先の半島では作り続けられていたらしい。

これを彫った人は、
たしかに天使を見たか、
あるいは天使を心に持った人だったのだろう。

権力の弾圧には決して屈しない、
人間の自由な想像力の翼。

歴史の年表からだけでは、
うかがうことのできない、
人間の尊厳と自由の証拠が、
この石板にはあった。

梅雨明けの滝

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「梅雨明けの滝」


大雨の日が続いていたため、

梅雨明けの、
晴れた日に山道を訪ねたら、

今年は、
滝がいつになく元気だった。

去年見たときよりも、
ずっと勢い良く迸(ほとばし)っていた。

梅雨の間に、
こんなにも元気を蓄えていたのか。

人間も、
思い通りにならなかったり、
つらく感じたりする時にこそ、

試練の期間と心得て、
智慧や意志を蓄えるべき時かもしれない。

滝の前で、
南無阿弥陀仏とずっと称えたら、
気持ちがすっとした。

天地の至誠心と、
心を通わすことができた。


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