大悲の風に乗るために 信心

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

力むのはもういいよ

「力むのはもういいよ」


もういいよ。
力むのは。

肩の力を抜いて、
なるようになると、
流れに身をまかせよう。

自力でガチガチになっても、
大して何も良くはならなかったじゃないか。

風を信じて、
自分の過去をすべて受け入れ、
現在に安んじ、
未来を信じていこう。

唯一無二の人間だと

「唯一無二の人間だと」


本当に、
私を愛してくれる人なんているのだろうか。

いっぱい今までいた。
だのに、
私は贅沢すぎるんだ。

でも、
本当にいたのだろうか。

いないなら、
私が本当に人を愛する人になればいいじゃないか。

自分が、
いてもいなくても世の中は何もかわらず、
どうでもいい存在だと、
思うことが当たり前になってしまった。

取替え可能な、
交替のきく人間のように。

そして、無能な人間のように、
自分を思ってきた。

それじゃあいけないと、
あがいてきたけれど、

仮にそうだとしても、
それでいいじゃないか。

それはあくまで人の世においては、
というだけだ。

阿弥陀仏にとっては、
どんな人間もこの上ないユニークな、
代替のきかない唯一の存在。
たったひとりのかけがえのない人間。

その尊厳にめざめたことが、
天上天下唯我独尊ということで、
その意味が南無阿弥陀仏にこもっている。

だから、
南無阿弥陀仏と称えて、
自分が唯一無二の人間だと、
他人もすべて唯一無二の人間だと、
目覚めていけばいい。

誰か人に大切にしてもらいたいと思う前に、
自分が本当に自分を大事にして、
人を大切にできる人間になろう。

きっと、自分が本当に愛されたいと思うのは、
無意識のうちに、
唯一無二の存在だと知りたかったからなのだ。

「素直に生かされていこう」


なんでまだ死なずに生きているんだろう。

生かされているからだ。
まだ私を、
生かそうとする力が働いてくださっているからだ。

死にたいとか、
弱音を吐いてばかりの時もあった。

本当に、
その方がマシだと思う時もあった。

それらを、
なんとか生かされて、
のりこえてきたんだ。

私の力ではない。
生かそうとしてくださる力があったから、
生きてきたんだ。

だったら、
どんなどん底でも、
勝手に死にたいとか思うのはもうやめよう。

どんなにどん底でも、
今まで生きてきただけでも、
御はからいのおかげを受けてきたのだと、

南無阿弥陀仏を称えて、
素直に生かされていこう。

「生きている意味は先ではなく後に」


私に、
生きている意味はあるのだろうか。

生かされているんだ。
その事実が、
あらゆる意味にまさる。

まず生かされている事実のありがたさ。
そのうえで、
私が生きたあとの航跡に、
意味というものも見つかる。

まずは生きるということがある。
そのあとに、意味もついてくる。

まずは、念仏を称えて生きること、
念仏がさきにあって、
光明も浄土も善根も四智もついてくる。

私に生きる意味はあるのかと問うならば、
まずは念仏をひたすら称えよう。
意味はその時に生まれる。
意味はあとに生まれる。
先ではない。

生きること、念仏することが先にあって、
意味が後についてくるのだ。

人には頼らず、逃げず

「人には頼らず、逃げず」


もう人に頼るのはやめよう。
もう人に逃げるのはやめよう。

いつも人に逃げ込んできた。
いつも人に頼ろうとしてきた。

阿弥陀仏に頼ろう。
阿弥陀仏に逃げよう。

阿弥陀仏は来いと言ってくださっている。
なら、阿弥陀仏には、
遠慮せず頼り逃げ込めばいい。

南無阿弥陀仏、
南無阿弥陀仏。

もはやひたすら念仏を称えるのみ。

人には逃げず、頼らず、
ただ南無阿弥陀仏と称えて、
現実を受け入れていこう。


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事