大悲の風に乗るために 信心

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常精進

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「常精進」


常精進、

いつも精進して、
怠らないこと。

常に精進するところに、
光が出て、
浄土が現前する。

阿弥陀経を聞くのは、
常精進菩薩だと、
阿弥陀経には書いてある。

阿弥陀経の心を開くのも、
常精進菩薩だ。

ああ、私も、
常に精進して、

常精進菩薩になろう。

一心称名、
常精進、

み仏の本願の実現のために、
核廃絶のために、
平和な世の、共生浄土の実現のために、
常に怠りなく精進していこう。
常精進していこう。

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人は人を救えない

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「人は人を救えない」


一人の人間を救うこともできないと、
痛感することがあった。

きっと、余計な親切心を起こして、
救ってあげたいなんて思ったこと自体が、
思い上がった愚かなことだったのだろう。

結局、
私には何もできないので、
み仏にお任せするしかない。

人は誰も、
他の人を救うことはできず、
み仏のみ人を救うことができる。
それが真理なのだと思う。

救うことはできなくても、
助けることはできるかもしれない。
しかし、それも時と場合によるのだろう。

結局、人には、
念仏すること、
祈ることぐらいしか、
本当にできることはない。
この年になって、
そう思うようになった。

たった一人の人を救うこともできないのに、
昔は世の中を救いたいとか、
人類や国を救いたいと考えたこともあった。
大変な思いあがりだった。

自分ひとりがまず、
本当の救いにあずかり、
縁のある身近な人を本当に助けて、

その上で、
縁のうすい他人にも、
できることがあれば、
できる範囲で何か手伝えばいい。

できない範囲は、
み仏にお任せすればいい。

昔は、
そういう考え方を、
大人の妥協や諦めだと、
反発していたけれど、
今はしみじみこうした考えが味わわれるようになった。

自分が本当の救いにあずかっていなければ、
何ができよう。
自分が縁のある身近な人に、
本当に尽くせていなければ、
そうでない人たちに何ができよう。

虚仮の私だから

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「虚仮の私だから」


南無阿弥陀仏と称えていれば、
仏のまごころが届くという。

私のような、
ふらふらと、
真実心の乏しい人間も、

南無阿弥陀仏と称えていれば、
真実心が身につくだろうか。

ふらふらと、
ぐらぐらと、
なす術もなく、
なすこともなく、
生きてきた。

ただ南無阿弥陀仏と、
何万回も称えていれば、

いつか徳本上人のような、
至誠心が身につくだろうか。

たった一人の相手にも、
至誠心を尽くすことができず、

自分が決めて選んだ道にも、
至誠心を尽くすことができない、

虚仮の身の私だからこそ、
日に何万と念仏を称えたい。

もはや書物も何もかも投げ捨てて、
ただ何万と念仏を称えることだけしていきたい。

それしか、
どれも身につかず、
かくも虚仮の身の私には、
救われる道はない。

本来無一物と愛

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「本来無一物と愛」


遍路の先のお寺の境内に、
「本来無一物」
と書かれた碑があった。

そうだった。
何も持たずに生まれてきた。

私には何もなかったのだから、
ある時にあったことが、
本当はとても恵まれたことだった。

失くしたものの大きさに、
失くしてはじめて気付いて、
何もかも失ったような気がしていたけれど、
それは間違いだった。

いなくなったことを責めたり、
恨んだり、悔やんだりするのは間違いだ。

すべては阿弥陀仏が与え、
阿弥陀仏が奪い給う。

私が執着する権利は何もない。
私には本来、
何もなかった。

出会えたこと自体が、
大きな大きな恵みだったんだ。

だから、かつていてくれたことに、
感謝しよう。

本来無一物なのだから、
失くしたことを考えるのではなく、
ある時期与えられていたことに感謝しよう。

そして、
またきっぱりと、
進んで往こう。

人生は遍路、
ある時期出会い、
また別れるだけ。

南無阿弥陀仏を称えながら、
また歩いていこう。

本来無一物、
無一物中無尽蔵、
南無阿弥陀仏だけあれば、
またきっと良い出会いもあるさ。

宇宙には確かに愛がある。
そのことを、
ある時あの人は教えてくれたのだから

二人の間に愛がなくなっても、
そのことは、教えてもらったのだから。

まっすぐ伸びる木に

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「まっすぐ伸びる木に」


まっすぐ伸びる木のようになりたい。

私は何度折れて、
だめになって、
まっすぐ伸びもせず、
生きてきたことだろう。

それでも、
なんとか生きてこれたのは、

根があったから。

今また、
どうしようもなく、
だめな自分をつきつけられているけれど、

根はあるんだから、
なんとか生きていこう。

またぽっきり折れてしまったような気がするけれど、

また伸びていこう。

南無阿弥陀仏は私の根、
私の生きる根。

人が私を見捨てても、
阿弥陀仏は私を見捨てることは決してない。

根がある限り、
生きている限り、
伸びることはきっとできる。

まっすぐ伸びていこう。

それが、
私にできる唯一のこと。


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