大悲の風に乗るために 信心

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至誠心で生きよう

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「至誠心で生きよう」


至誠心、

大宇宙に満ちる至誠心、

釈尊も法然上人も、
至誠心の人だった。

大宇宙の至誠心に通じて、
ひとつになった、
そんな人だった。

阿弥陀仏とは要するに、
この永劫宇宙を人格化したことであり、

阿弥陀仏の心とは、
大宇宙の至誠心のことで、

南無阿弥陀仏というのは、
この大宇宙をつらぬく至誠心と、
一声一声にひとつになることに他ならない。

現代社会の問題のほとんどは、
至誠心の欠如に由来する。

親と子の間の至誠心、
夫と妻の間の至誠心、
友人同士の至誠心、

雇い主と働き手の間の至誠心、
商売取引における至誠心、
教師と生徒の間の至誠心、
政治家と信託する国民の間の至誠心、

どれも、至誠心さえあれば、
たいていのことはうまくまわっていくのに、

いまそれがだんだんうすれて、
虚仮の心ばかりになっているから、
ぎくしゃくすることが多くなってしまった。

法然上人は、
自身至誠心の人だったし、
至誠心をこそ教えて説いて回った。

そして、
至誠心は、
ただ南無阿弥陀仏と長い間称え続けるだけで、
おのずと具わる心だと教えてくださった。

念仏とは、
至誠心をこの身に満たす修行に他ならない。

一声一声の念仏に、
大宇宙の至誠心をいただき、
何事にも本気で生きていこう。

浄土教とは、
ただそれだけのこと、

智慧をきわめて、
こぎれいに小利巧に
要領よくうまく立ち回って生きるよりは、

ただ素朴に、
至誠心に生きることこそ、
阿弥陀仏の本願にかなった生き方と教える道だ。

念仏者よ、白い狼よ

「念仏者よ、白い狼よ」


念仏者よ、
白い狼よ、

真実心を研ぎ澄ましていこう。
心の牙を。

己の時代をはっきりと見つめて、
大きく目を開いていこう。

真実心の牙を、
研ぎ澄まして、
世間の虚仮に噛み付いていこう。

世語をよろこばず、
ひとりすっくと立って、

ねがいて正論に在り、
真実の浄土を求め続けていこう。

出る釘になって、
この世にこそ白い蓮華を咲かそう。

飼いならされた豚にはなるな。

何もおそれることはない。
はばかるものはない。
ただ阿弥陀仏のみ信じ、
まっすぐ勇猛に進めばいい。

南無阿弥陀仏の一声一声の中で、
あまねく貧しい人々や、
苦しんでいる人々を救おうという菩薩の志を、
高め、育み、
暖め、熱していこう。

どんな大海でも
一人で升量していけば、
必ず尽くすことができると、
菩薩のように堅く信じて、
ひとりであっても升量し続けていこう。

五濁の悪世の泥沼を、
浚い掃除し、
この島国をもう一度洗濯し、
この土を浄めていこう。

白い狼、
白い蓮よ、
真実心の狼よ、
虚仮の豚となるな。

真実心のない、
五濁の悪世にへつらうだけの、
単なる虚仮の豚は、
念仏者でも白蓮でもなんでもない。

このいのちのあらん限りは、
普賢の徳を修習し、
共生浄土の実現に尽くすことこそ、
念仏者の本懐だ。

死んでからではない。
今生きている時から往生はある。

今生きている時、
精一杯生き抜く者こそ、
生きて浄土に往く者こそ、
本当の念仏者だ。


阿弥陀仏の本願に仕える狼よ、
白い蓮、
白い狼よ、

この土を浄めて、
白い蓮華を咲かそう。

この世界をこそ、
荘厳し続けていこう。

孤独な時は

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「孤独な時は」


孤独で鋭い痛みを胸に感じる時は、

いつの間にか、
愛するよりも愛されることばかり望んでいたと、
じっと自分を省みてみよう。

実際は、
ずいぶんいろんな人の愛を受け、
愛されてきたのだから、

孤独と思うよりは、
受けてきた愛に感謝して、

愛されるよりは、
愛することをこそ望んでいこう。

そう思うと、
今ある孤独を、
なんとか乗り越えていけそうな気がする。

たとえ、
今一時的に孤独だとしても、
それはずっと続くことではないのだから。

本当は、
人はすべてとつながっていて、
しかるべき時にしかるべく、
出会いも別れもあるのだから。

和顔愛語の人に

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「和顔愛語の人に」


和顔愛語の人になりたい。
法然上人のような。

穏やかでなごやかな表情と、
愛のあることばと。

その持ち主になりたい。

しかめつらしい顔や、
冷たい顔や、
無表情や、
そんなものではなくて、

やわらかい笑顔と、
愛のあることばをこそ、
他の人の印象に、
思い出に、とどめられるような、

そんな人になろう。

和顔愛語ということばは、
無量寿経に出てくることば。

その無量寿経を、
はじめて根本の聖典として重視したのは、
法然上人だった。

少欲知足、和顔愛語、勇猛精進、
この三つを、
菩薩の徳として無量寿経は讃えているが、

おそらく、本当の和顔愛語の背後には、
この智慧ある満ち足りた心と、
大いなる勇気努力がある。

欲しいと思うよりは感謝のこころを知って、
満ち足りていること。
勇気に満ちた努力。

その二つに裏打ちされた、
なごやかな表情と愛のあることば。

釈尊や法然上人は、
真にこの持ち主だった。

私もそうなることを心がけて、
日々の暮らしの中で、
念仏しながら生きて往こう。

人がこの世に本当に遺していけるものといったら、
この和顔愛語の姿の思い出ぐらいではなかろうか。

【参考資料】

無量寿経 巻上
「少欲知足にして染恚痴なし。 三昧常寂にして智慧無礙なり。虚偽諂曲の心あることなし。 和顔愛語にして、 意を先にして承問す。勇猛精進にして志願倦むことなし。専ら清白の法を求めて、 もつて群生を恵利す。」

楽しい一日

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「楽しい一日」


あちこちから、
学問の縁でいろんな人が集まって、
いっしょに飲み語り、
楽しかった。

縁とは、
ありがたいことだ。

人生の楽しみのひとつは、
学問の縁で今まで知らなかった人と、
新たに知り合うことができること。

もっとがんばって、
英語の能力も高めて、
世界に友を求めていこう。


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