無題

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人生のすべてが、

如来のお育てだとすれば、

この私を、

浄土へ、仏へ、育てようとするものだったとすれば、

いかなるつらいことも、

またいかなるよろこびも、

すべては、意味のあることであり、

無駄なことは何一つないと、

思える。

この一声の念仏を称え、

仏法を聴き、

法味を愛楽するための、

すべてだったとすれば。

何が不思議かといえば、

この私がいま念仏を称えていること、

仏法を聴く身になったこと。

長い長いお育てが、

いつの間にか、

そういう身に育ててくださった。

これほどの不思議はない。

御冥見

何度、忘れてきたことだろう。

いつも、弥陀は私を見守っていて、

見てくださっている。

御冥見。

たとえ人が見ていなくても、

自分すら忘れていても、

弥陀は見ていてくださっている。

そうであれば、

いかなることも、

弥陀に愧じぬよう、

弥陀の浄土にふさわしい生き様になるよう、

なるべくこの身を律し、

精進して生きるのが、

御恩報謝ということだろう。

御冥見を愧ず、

それこそが、念仏者の過ごし様。

念仏の一日一日は

今日も素晴らしい一日だった。

明日も素晴らしい一日にしていこう。

念仏を称え、

弥陀の光に照らされて、

御冥見を愧じて、

まっすぐに白道を生きれば、

何があろうと、

そこに必ず、

しかるべき一日があろう。

しかるべき一日、

悔いのなき一日こそ、

素晴らしい一日と呼ぶにふさわしいのだと思う

なんと幸せなことか

あなたがいるだけで、

なんと幸せなことだろうか。

あなたの声を聴くだけで、

私の魂は喜び満たされる。

なんと功徳に満ち、

なんと賢く、

なんと慈悲深く、

光り輝き、

このような存在に、

始終慈しまれているとは、

私はなんと恵まれていることか。

南無阿弥陀仏。


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