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1週間ほど前からゲップや胸焼け、喉の苦痛が激しくなり、
数日前からはついに食べ物を飲み込むのも困難になってきたので、
「これはもう、間違いなく・・・」
と、覚悟を決めて胃腸器科で診てもらうことにした。
イケメンで、いい声で、時代劇俳優になれそうな先生が、
丁寧に問診に応じてくれたのだが、内視鏡検査については、
「今日いきなり検査は辛いでしょうから・・・」
それでは、我らの“大義”が無に帰してしまうではないか!!
ということで、内視鏡検査を懇願し、すぐに受けられる手筈と相成りし候。
①鼻に麻酔薬・・・耳鼻科と同じ程度の刺激。まったく平気。
②喉に麻酔薬・・・カップ1杯、甘くて美味しいトロッとしたものを飲むだけ。
③腕に注射・・・「これは痛いんですよ〜!」と言われたが、打たれたことにも気づかなかった。
④鼻にカメラと同サイズの管を試し打ち・・・スルッと苦痛なく入ることを確認!
⑤先生と雑談。
⑥いよいよ検査開始!
オエッという感じは皆無。あっという間にカメラは胃の中へ。
腹の中で冷たいものが動くのがわかる程度。呼吸も会話も、ふつうに出来るのに驚いた!
胃壁に2ヵ所のポリープが。サイズは2mmと3mmで、放置して問題なしとのこと。
でも、ポリープって、やっぱりあるんですねェ〜。ちょっと怖いな。
ハイライトは食道・・・胃の下から見上げると、食道が見えてしまう。
これがつまり、「食道裂孔ヘルニア」 という病気、逆流性食道炎 の真犯人である!
横隔膜の上まで胃袋が飛び出しているため、胃酸が自由に出入りしているのだ。
遺伝、生まれつきの構造で、手術しなければならない人は数百人に一人とのこと。
要するに、どうしようもないので、パリエット や ネキシウム などと末永くお付き合いすることになる。
症状が直ちに改善することはないが、精神的には楽になれそうだ。
疑っていた、あの病気じゃなくて、良かった〜。
先日、亡き父の墓の建立に着手したが、そこに入るのは、もう少し先になりそうだ。
百聞は一見に然ず。一目瞭然!
不安な方は、怖がらずに、内視鏡検査を受けられてはいかがだろうか?
昨日、立ち寄ったリサイクルショップで、「人生最後のヒコーキ」との思いで衝動買いしたB707。
1/400スケールのジェミニ製、ベアメタルのアメリカン航空旧塗装、超カッコイイでしょう!?
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雑記帳
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※写真はありません。
いつの間にか、「扁桃炎」から「逆流性食道炎」に移行(?)していた!
2週間ほど前から、体を少し動かす度にゲップが出るようになり、
水を飲んだりゲップをした直後に、喉の奥で空気の漏れるような異音もするようになった。
胃が弱っているのかな・・・と、市販の胃腸薬を飲み続けても、まったく改善しない。
ついには、温かい飲み物を飲むと喉がジリジリし、口の中が時どき酸っぱくなるようになった。
家庭の医学・・・みたいな本には、「食道がんの初期症状」とある。
そこで、昨日、病院で診察を受けた際、帰りがけにそれとなく(怖いから)、先生に症状を伝えてみた。
すると先生は「逆食!」と叫んで、素早く資料を出して「治療を始めましょう!」と。
その様子、「待ってました!ようやく合点がいったぞ!」という感じであった。
どうやら、いつまで経っても喉の違和感を訴え続ける僕の症状に、ずっと疑問を抱いていたらしい。
ある程度、予想はしていたが、やはり今流行りの(?)逆食であったか・・・
というわけで、早速、生徒指導・・・じゃなくて、「生活指導」を受けることに。
アルコールはいかん、油物はいかん、朝食抜きはいかん、寝る前の数時間は食べたらイカ〜ン!
しかも、大変残念なことに、薬を3週間分も出してくれたのであった。
※そのあたりの事情はこちらに・・・
窓口のAさんはどうかわからないが、意外にもBさんが名前を覚えてくれて、
せっかく「これからだ!」というところだったのに、次にお世話になるのは連休明けか・・・(←アホ!)
海底に投錨したものと信じていたのに、実は潮の流れで一時的にできた砂州だったという・・・
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昨日は“家庭の事情”で寿都へ。
寿都町内にある中華料理店 『昇園』 で、坦々麺を食べてみた。
ご主人の、仕上げにクルッとラー油をかける仕草がカッコよかった。見た目も味も素晴らしい!!
寿都の親戚宅に住むナナちゃん。ちょっぴり恥ずかしがり屋さん。
帰路、ニセコの道の駅にて。窓の外には、まだ冬の名残が。
それでも、連休には新鮮な野菜を求めて大勢の客で賑わうことだろう。嵐の前の静けさか。
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病院嫌いの僕が、とうとう病院通いすることになってしまった2013年。
思えば、1月からずっと扁桃炎の症状に悩まされ、ひたすら耐え続けた冬だった。
まさか雪が解けても治らないとは・・・いろいろな意味で、“計算が狂っている”というのが心境だ。
例えば、僕の通っている耳鼻科の、受付の女性や看護師さん達は、とてもキレイなのである!
あるとき、会計の済んだご老人が、待合室の椅子に手袋を置き忘れたまま立ち去ってしまった。
僕は何気なく一部始終を見ていたので、「あっ!手袋!」と、直ぐにご老人を追いかけた。
外へ出ようとする僕に、受付のおねえさんが「私が・・・」と言いかけたのだが、僕は構わずご老人を追った。
手袋を渡し終えて、病院の窓口に戻ると、彼女は笑顔で「ありがとうございました」と出迎えてくれた。
後日、受付で彼女に混み具合を尋ねたところ、「お名前は?」と訊かれた。
やっぱり、ご老人の手袋を走って届けたくらいでは、いまいちインパクトに欠けていたようで・・・
「まだまだ努力が足りない。もっと通わなければ!!」
例えば、なぜかいつも診察の順番が前後する女性の患者さんが、とてもキレイなのである!
彼女は常にマスクをしていたのだが、目元が本当に美しくて、見かけるたびに見とれてしまう程だった。
きっとマスクを外せば、もっとキレイな人なんだろうな・・・と思っていたら、ついにその時が訪れた!
薬局で薬を受け取る横顔、マスクなし、やっぱり本当に、想像通りの美人だった!!
「いや〜これは大変なことになってきた!!」
そう思った途端、いつもやさしい主治医の先生は、薬を2週間分“も”出し始めたのであった。
元気そうに見えるかもしれないが、決して消えることのない喉の不快感を、ひたすら我慢しているのだ。
昨日は調子が良かったのに、今日は悪いな、明日はどうなるんだろう・・・という毎日。
それでも、ほんの少しずつではあるが、“気にならない時間”が増えてきたように思う。
どうせ簡単には治らないのだから、もう割り切るしかないな・・・と、法律の勉強を再開させることにした。
悔しいから、もっとムズカシイのにチャレンジしてみようと、予備校(通信)にも入った。
父が亡くなったことで、皮肉にも“実務”を経験してしまったので、学習内容をイメージしやすくなっている。
悲しみの淵で途方にくれている人がいたら、その人が再出発できるように、笑顔を取り戻せるように―。
六法を読んでいる「EF81」は、懐かしい「ダイヤペット」ブランドのダイキャスト。
北斗星カラーなので、あまり古い製品ではなさそうだが、先日ある店で発見し、懐かしくて買ってしまった。
車輪がHOゲージ(16.5mm)の線路にちょうど良くはまるので、線路を展示台にして机上に置いている。
なかなかいい顔をしていて、ディテールも適度にあって、なんとなく眺めていて癒される。
机に向かうのが、なんだか楽しくなってきた!
あくまでも参考情報だが・・・生徒たちのスマホ普及率が、この春、ついに100%に達した。
「あんなもの、絶対に要らないんだけど・・・」と思っていたのだが、今やショップにはスマホしかなく、困った。
ボロボロの我が携帯に、「B-17」爆撃機のノーズアートを貼って、最後の抵抗を試みる。
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11日(金)の午後、リサイクルショップでこのトラックを見つけて一目惚れ!
より一層のアメカジ化が進んだマイルームで“浸っていた”ところ、喉のあたりに違和感が・・・
それからというもの、リンパ腺は腫れるわ、喉は痛いわ、熱は出るわ、ものを飲み込むのも辛いわ・・・
おまけに、「新しい家族」(後記)を迎えるため、自宅前のアホみたいな雪の山を崩して筋肉痛に・・・
まさに、“死の二週間”であった。
1.ラシーン過走行⇒冬の日本海へ
だる〜い身体にムチを打ちながら、ラシーンに乗って亡き父の生まれ故郷へ。
真冬の長距離ドライブはキツイ・・・いろいろあって、どうしてもオラが行かねばならねがったのんす。
帰路、寿都町に立ち寄り、ご当地グルメの「ホッケめし」を賞味。
カリカリに焼かれたホッケを、蒲焼風のタレで頂く・・・これは本当に素晴らしい!!
だが、僕の腫れ上がった喉は、飲み込むたびに悲鳴を上げる。辛くて美味しい昼食であった。
2.新しい家族
完全に走行不能に陥ったオカンのポロ・・・に代わり、新たにウチの戦力となったミラージュ戦闘機。
写真は、デリバリされた機体が、ランウェイにタッチダウンした直後を捉えたもの(←なんちゃって)。
おばも乗っていたし、僕も(ほんの一時期)乗っていたし、とにかく「祝・復活!」の一心で、これに決めたのだ。
ランエボを思わせる、三菱らしいフロントマスクの「X」字デザイン・・・これなら、僕が乗っても良さそう!
なお、運転席のオカンはピースサインでご機嫌だが、
この時の僕は体調最悪で、今にも三本の矢を持ち出して辞世の句を詠もうかという所であった。
3.ASKA CONCERT TOUR 12⇒13 “ROCKET” (旭川市民文化会館)
体調がものすごく悪くて、行くかどうか迷ったのだが、
せっかく4列目(!)の座席をゲットできたのに、行かないアホがどこにいる!?
というわけで、約3年ぶりに大好きな特急オホーツクに乗った。
あ〜やっぱりキハ183系はいいなぁ〜!エンジンの音、車内の匂い、放送オルゴール・・・全てが懐かしい。
(※僕は大学時代、岩見沢に4年間、オホーツクや711系に乗って通っていたのだ。)
ライブ前に、駅弁で腹ごしらえ。相変わらず、飲み込むたびに喉が痛む。
それでも、DML30HSIエンジンの奏でる軽快なサウンドを聴きながら食べる駅弁の味は、やはり格別!
「あ!タラコ色のキハ40だ!!」
旭川着。ここで交代の運転士は、遠軽までの区間を担当する。
終点は網走、特急オホーツクの旅は、石北本線に入るここからが本番・・・だが、今回はここで失礼。
「ASKAさんは、僕らがこの1年の間に経験してきたことを、すべて知っているんだろうか?」
ライブの余韻に浸りながら、夜の旭川の街を歩く。
ここを左折すると、39号線か・・・東へ向かう旅は、いつもここから始まった。
父のミストラルと僕のラシーンで、夜更けの39号線を走ったあの夏が懐かしい。
喉が痛くても、旭川に来たら、やっぱりこれだけは食べておかなきゃ!
偶然にも案内されたのは、以前、父と一緒に食べた時と同じテーブルだった。
今回は、ニャンコのカムイ君じゃなくて、電車のカムイ君です(笑)。
今回のツアーから、グッズにトラックのミニカーが初めて加わった。
ミニカー好きの僕には、これはうれしい!「E.YAZAWA」みたいで、気合が入っとる!!(笑)
一方、オカンの選んだタブレットケースには、
キヨスクで買ったばかりのフリスクが苦しそうに、半分だけ挟まっていた。
要するに、フリスクは入らないということです、はい。
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