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戸隠から直江津へ。

母の実家のある直江津を訪ねてきました。現在は上越市。直江津の地名は駅名でしか残ってないようです。
母はこの地で生まれ、18歳まで暮らしました。直江津を離れてから東京で父と結婚するまでの経緯は知りません。
24歳で長男を産んでます。さらに3年後に次男の僕を、さらに3年して妹が生まれました。
妹を生んだ時が30歳。それから10年後、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血で40歳で急死しました。
倒れたのはお昼過ぎ。中学1年だった僕は昼休みに先生に呼ばれてすぐに帰宅するように言われた。意識なく寝たままの母はそれから数時間後に息を引き取りました。

事実として生きていた母は完璧にゼロになり、知る人々の記憶の中だけの存在になりました。
何の変哲もない日常を何の前触れもなくスパッと切り取った死。最後に交わした会話も覚えてない。
「ありがとう」も「さよなら」も何も伝えられなかった。

この年の8月に母の帰省に合わせて戸隠で1泊してから直江津に出る小さい旅行をしました。母と妹と僕の3人で。
高校生の兄は同行せず。13歳の僕は母と一緒に旅行することがどこか疎ましく理由もなく終始不機嫌だった。
戸隠では旅館に泊まり、お蕎麦を食べたくらいの記憶しかない。
まさか2ヵ月後に母が死ぬなんて・・・
旅行中だけでなく、思春期の入り口にいる13歳の男の子は何かと反抗的。小言を言われれば、ますます反抗的。
「違うよ、僕は本当はもっといい子なんだ」ってもう伝えられない。
なんでもっと楽しい時間にしなかったのか、なんでもっと会話をしなかったのか、どんなに悔やんでも取り返しはできない。

今回、50年ぶりに(正確には51年ぶり)に戸隠を訪れ、直江津にも行き、母の実家を見てきました。実家の横にあった小さい鳥居と祠はちゃんとありました。記憶が蘇る。周りの風景は面影もなかったけど、この小さい祠は記憶にある。
この坂道を下れば大きな神社があると行ってみるとちゃんとありました。
その神社の角を曲がると母の叔父の家がありました。直江津を訪れた時に母と一緒に歩いた道です。

僕の記憶の中に母はちゃんといます。
年老いた母を想像できないので、40歳のままの母です。
僕にも突然に死がやって来るかもしれない。今夜かも。
なので、記憶の一部をここに文章にしてみました。

でも、生きていて欲しかった。
50年間に幾度となく、伝えたいことがあった。見て欲しいこと、知って欲しいこと・・いっぱいあった。
死んじゃったらダメです。記憶に話しかけても返事してくれない。
確かに当時は悪がきだったけど、大人になった僕を、良いも悪いも見て欲しかった。
小言を言われたかった。

母の死から10年後、今度は父が他界します。
それはまたいつか記憶を整理して書きましょう。
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