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10日は楽しみにしていた辻井伸行さんのピアノリサイタルの日でした。
ニューヨークのペンステーションに降り立って、7th Avenueをまっすぐセントラルパーク近くのカーネギーホールまで歩いていきます。 なんだか雨が降ってきそうな曇り空でしたが、メイシーズの入口に飾られたクリスマスツリーが輝いていて、もうまたそんな季節が巡ってきたのだと思います。 メイシーズの脇の歩道では、道に絵を描いているアーティストがいて人垣ができていました。 なんだか歩道の中にぽっかり穴があいていて、その中に落ちると、そのまま空から車と一緒に地面めがけて落ちて行ってしまうような、そんな錯覚にとらわれる絵です。 こんな絵を歩道に描いて、それがまたアートとして街にしっくりなじんでしまうところがニューヨークらしいと思うのです。 7thAve をまっすぐ歩いてカーネギーホールに到着。 カーネギーホールは意外と細身のビルディングで、1階が工事中でもありうっかりすると見逃してしまいそうです。 さて、コンサートは夜8時から。 早めに着いてしまったので、7時半からの開場を待ちます。 開場時間になると観客が続々と集まってきます。 ミュージカルでもコンサートでもいつも開場は30分前なので、開始までの時間があわただしくて、もう少し前から入れてくれればいいのにと思ったりします。 会場に入ると、ステージに、今日辻井さんが弾くピアノが置かれていました。 辻井さんにとっても今日がカーネギーホールデビューの日。小さいころからの夢だったというカーネギーホールでの演奏を前にして緊張しているのかもしれません。
会場は観客で満杯。そして、いよいよ開始です。 辻井さんは腕を取られてステージの脇から登場しました。 今日のプログラムは、ムスト、ベートーベン「テンペスト」、リスト「ためいき」、ムソルグスキー「展覧会の絵」などです。 最初の演奏で、彼のテクニックのすごさと演奏の正確さにまず驚かされます。 目が見えていないのに、複雑な曲をまったくミスタッチなしで演奏することに今更ながら感嘆するのです。 そしてリストの「ためいき」はただ聞き惚れて、曲が終わるとまさにあちこちからためいきが漏れ、そして大きな拍手が贈られます。 辻井さんはナーバスさをまるで感じさせず、ただただピアノを弾く喜びに身をまかせているように見えて、観客は彼の世界へとぐんぐん引き込まれていきます。 彼の演奏を聴きながら、サンフランシスコで、フジ子へミングのコンサートを聴いたことを思い出していました。彼女の演奏は、辻井さんに比べたら技巧的に粗い感じがしてミスタッチもいくつか目立ったのだけれど、彼女の曲への想いとか感性の強さがぐんぐん伝わってくる演奏で、最後の「ラ・カンパネラ」には感動したものでした。 目が見えないことと、耳が十分に聞こえないことは、どちらの方がハンディなのか・・・暗闇の世界と音があまり聞こえない世界で音楽を奏でること・・・どちらも私の想像を越えた世界だけれど、ひとつ確実に言えるのはお二人の演奏にはピアノを弾ける喜びが溢れていることだと思うのです。それが一番観客の心に強く響いてくるように思います。 鳴りやまない拍手とスタンディングオべーションの中で再び登場した辻井さんは、アンコール曲をいくつか披露してくれました。彼のオリジナル曲とショパンの「雨だれ」。 そして、最後の曲は・・・辻井さん作曲のオリジナル曲でした。 とても美しい旋律を聴いているうちに涙がこぼれてどうしようもなく・・ あとでググってみると、辻井さんが作曲した曲はいくつもあって、どれも美しいメロディーに心洗われます。この曲は辻井さんが小学校6年生の時に作曲した「ロックフェラーの天使の羽」。 天に届きそうに高くそびえるロックフェラーの上から天使の羽が舞い降りてくるようなそんなイメージでしょうか? 暗闇の世界にいてどうしてこんなに美しい光景が見えるのか・・・不思議でなりません。ヘレンケラーが自伝で子供のころの思い出を、花や木の色や形まで目に浮かぶくらい詳細に書いていたのと同じように、彼には他の方法で様々な光景が見えるのかも知れません。 「僕は言葉で伝えるより音楽で伝える方が得意だから」と辻井さんが以前インタビューで語っていたけれど、彼の曲を通して彼が見ているものや感じているものがストレートに伝わってくることのすごさに感激した日でもありました。 追記:カーネギーホールのリサイタルの様子を報じたニュース映像がありましたので、添付します。
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2011年11月12日
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