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こういう話は活性化に資すると思います。
もっと広めればよいと思うので もう一度書きます
花井の紙については前回書きましたが 今度はその紙を伝えた人の話です。
近くの百代月の尼さんがあくまでベールに包まれていますが 花井の尼さんは吉祥寺に娘さんの位牌も過去帳も残されて居ます。
その紙すきを伝えた娘さんとは戦国時代の美濃の高須城主高木十郎左衛門盛兼の娘ですね。
高須城と言えば豊臣政権下で1万石を有したが、関ヶ原の戦いで西軍に味方したので落城していますね。
この高木十郎左衛門盛兼は戦いを好まず 相手方に空砲による形だけの戦を持ちかけたはずが実際に責められて落城したんです。
どこかの国のようですね!!9条守って・・・・・
それにしても高木十郎左衛門盛兼の戦国の世ながら人柄が伝わってくる人物ですね
話はそれましたがその娘が貞流の法号を得て吉祥寺を開いたと過去帳には記されていますね。
こういう話は歴史があり非常に面白いと思います。
できるならば花井十文字和紙の復活をさせるとニュースにもなるし 宣伝効果も絶大ではないでしょうか。
熊野には誰にも知られてない遺産がある。
活性化に活かしましょう。
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