熊野にて

やっぱ田舎(熊野)は、最高やのし 愛国の人です 略して愛の人!戦争嫌い

民話・昔語り

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題の名前の所は 紀和町にあります
現在でも対岸の和歌山県から
渡し船で渡るしか行く方法がない
いう陸の孤島のような集落。
 http://blog.murablo.jp/kiwafurusato/kiji/244253.html
今回ふるさと公社のブログで紹介されてました
最近ここのブログが変わってきて 面白くなってきたのです。
去年 質問をした甲斐があります。

そういえば 何か新しい動きが出てきたそうです
まだ新聞発表してないので わかりませんが あの人が入ってからの動きのようです

◆ 百夜月、地名の由来


 三重県熊野市紀和町花井(けい)に「百夜月(ももよづき)」という美しい地名があります。北山川沿いにあり、現在でも対岸の和歌山県新宮市熊野川町九重(くじゅう)から渡し船で渡るしか行く方法がないという陸の孤島のような集落です。
 そこには光月山紅梅寺という寺があった。この寺には美しく若い尼僧がひとり住み、仏道修行に励んでいた。尼僧は近隣の村の若者たちの憧れの的であった。

 ひとりの若者が彼女に会って話をしたいと思い、昼間では村人に知られては尼僧に迷惑になるので、夜に川を渡って会いに行こうと決心をした。
若者が夜、川を渡ろうとすると、山の上に顔を出してきた月があまりに明るく、こんなに明るくては村人に知られてしまうとその夜は行くのを諦め、家に引き返した。次の日もその次の日もそのまた次の日も、若者は尼僧に会いにいこうと川まで下りてきたが、月明かりがまぶしく行くことができなかった。「今晩で何度めだろうか」と若者が数えてみると、九十九夜めであった。
家に引き返し、母にそのことを打ち明けると、母は「あの方は仏様をお守りしている方なのだから、お前が好きになってはいけない人だよ。あのお月様の光は人々が悪さをしないようにいつも辺りを照らしているのだよ。だから百夜通っても駄目だよ」と諭した。それからこの土地を「百夜月」と呼ぶようになった。

 このお話にはまだ続きがあります。
 尼僧は仏の教えを広めるため、寺の宝物を近隣の村に分け与え祀ってもらおうと考え、川下の村には花瓶を与え、川向の村には九重の重箱を与え、川向川上の村には竹の筒を与えた。花瓶を与えられた村が花井と呼ばれるようになり、九重の重箱を与えられた村が九重(くじゅう)、竹の筒を与えられた村が竹筒(たけと)と呼ばれるようになった。
http://www.mikumano.net/setsuwa/momoyoduki.html
一度 行ってみたい  でもなかなか行けそうにない・・・
孤島のようなところですからね・・・

大蛇

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イメージ 1今日は冷たい雨でしたね 忙しい師走ですので皆様風邪などひかないようにお気を付けください
議会での一般質問の動画がアップされました
http://www.gikai-tv.jp/dvl-kumano/2.html
一般質問の道後宣弘議員の右にあるボタンで始まります
55分すぎに ブランドの意味を言ってます
熊野市ふるさと公社http://www.kiwa-furusato.com/

私のHP  http://www14.plala.or.jp/takenoko1/page018018.html

http://www.ishigakinotokusan.com/index.html
石垣市特産品販売センター尖閣では大変な目に合っています応援します。皆様応援してください。

大蛇が実在していた!今時こんなことを言っても?その証の一つとて無い。ある人から聞いたことによるとこの嘘のような話がある。
その人の見たという大蛇の話である
五郷
の山奥の蛇の越えと言うところでは、谷間を横切ろうとしている大蛇がどちらが尻尾か分からなかったという 
これを見かけた山菜取りの女性が驚きのあまり 長い間寝込んでしまったという。
その当時の人が猟で山に入っていったとき、4〜5日分くらいの食料を
もっていった。山の動物が盛んに活動する真夏の時期である、蝉が鳴きあたりでは小鳥が囀りゆっくりと歩いていたその時である、突然上の方から騒然とした物音?ただごとでは無い。鹿か猪か?銃を構え、近づく と!その瞬間全速力で駆け下りてきた熊が茂みの中から谷間を一足飛びに一瞬にして姿を消した。
はっと我に返った、その瞬間であ
る。
目の前に現れたのが、なんと!
大蛇  熊を追ってきたのである。瞬く間におこった
このすさまじいまでの恐怖と驚き。全く想像さえする事の無かった出来事に、さすが度胸ものも この時は度肝を抜かれたという。
大蛇が熊を追ってきた。まるで夢そのものであ
る。大蛇の色はからす蛇のように黒かったという長さは4メートルくらい太さは、20センチくらいこの人がこの大蛇の太さを表すときよく指さして示すのが「コケ」と呼ぶ小さい木製の手桶であった。黒い大蛇が勢い込んで谷に滑り込んで来たその瞬間!流れる谷水が大きく左右に飛び散ったと言うからその大蛇の勢いと大きさは測り知ることが出来る。

今度の土曜日(18日)にたけのこ会(後援会)の忘年会をします
参加希望者は お知らせください   詳細は、電話番号090−2345−2880まで
私を応援してない人もどうぞ歓迎します。


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イメージ 1紀和町のとあるお寺の和尚さんと小僧さんの話
その昔奥熊野では、”田かき”というのが盛んだった。
田かきは、牛と飼い主の晴れの舞
台だった。牛の角に赤や黄色の飾りを付け、その日のために毛のつやもよくし。
田に連
れて行く。牛に喧嘩をさせるのでは、もちろんない。
まぐわをつけて引かせ、牛の美しさと
鍬を引かせる飼い主の技を競うのだ。  
時期は田植えもすんでほっとした梅雨がくる前
の気候の良い日が選ばれた。赤土で畦を固めて泥と水を入れ、テニスコートの二倍もある広い田かき専用の田圃がその日のためにつくられる。
牛に引かせるまぐわも、刃の付
いた実際に土を起こすのではなく木の台のついた引っ張るだけのものに替えられる。飼い主もまた赤や黄色のはちまきを締め、牛の尻をたたいてそろそろと田のなかを鍬を引いてまわる。見物もそれは、賑わったものだ。  
ある年の田かきがおこなわれる日の
こと、いつもは、口やかましい和尚さんが、小僧さんに 「今日は、田かきを見てこいよ、ゆっくりしてきていいぞ」 と珍しくやさしく言う。
小僧さんはとても嬉しかったけど、どうも
おかしいと思った。
「早く帰ってこんでいいよ」 と二回も同じことを言われたのが気にな
り 「きっと内緒で何かうまいことをしようとしているのだ」と思った。
先日も和尚さんは、出かけるとき、「この中には、毒が入ってるから、絶対なめては、いかんよ、なめたら死ぬよ」 とくどくど言って、壺を戸棚に入れた。 
小僧さんは、どうもあやしいと思い、壺の中のトロリとしたものを 勇気を出してなめてみた。
とても甘くておいしい飴だった。
一口
二口となめてるうちに、あまりのうまさにみんななめてしまった。
青くなった小僧さんは、
何を思ったか、突然和尚さんの大事な茶碗を、床に投げつけて割ってしまった。
そして和尚さんが帰ってくる気配がすると、ワーワーと手放しで泣き出した。
和尚さんは、大事な
茶碗が割れてるのと、壺の中が空っぽなのに驚き「どうしたのじゃ」と怒鳴りつけた。
僧さんは、泣きながら「はい申し訳ありません。和尚様の大事な茶碗を割ってしまい、あまりの申し訳なさに死んでお詫びをしようと、壺の中のものを一生懸命なめましたが、まだ死ねません」和尚さんは苦虫をかみつぶすばかりだった。
小僧さんは、あの日のこと
があるだけに、あまりにやさしい和尚さんの態度を怪しいと思ったのだ。
田かきを見に行
くふりをしてそっと引き返し、納戸に隠れて見ていた。和尚さんは、小僧さんが出かけたのを確かめると、檀家からあがったおいしい餅を火鉢であぶり始めた。
「小僧が知れば、又みんな食べられてしまう、今日は、一人でゆっくり
食べたい」 餅がいいにおいで焼け始めると、小僧さんは、そっと玄関に戻り「ただいま」
と大きな声を出して庫裡に入っていった。和尚さんは、大急ぎで餅を灰の中に隠した。
「早かったにゃ、どうじゃった、田かきは?」 「はい和尚様、田かきは、今年もよう賑わいました。
牛と牛がこう田の中を走って、こう角を突き合わせて」 小僧さんは、火鉢を田
んぼに見立てて、火箸で灰の中をかき回しながら、田かきの様子を説明した。
その火箸
のさきに隠してあった餅がついてきた。
小僧さんは、それをパクリと食べながら、延々と
田かきの話を続けるのだった。
こうして和尚さんの餅は、全部小僧さんのおなかの中に
入ってしまいました。  
小僧さんは、満腹です

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イメージ 1今日耳鼻科に行きました
そこでカメラを耳にいれて私も見ました
きれいな耳の穴です。
外耳も内耳もよいそうです
でも腫れているのは 腫れているので
血液検査になりました
結果は再来週の月曜日です

さ〜今回の議会での一般質問も終わりました
次のは一つ すでに決めました。
ですから すぐに調べ始めます。
それと並行して 議会通信も作らねばなりません。
年末までにどれだけ配れるのかわかりませんが
正月も休みなしで 配らないといけなさそうです
でも正月は 成人式もあるし 消防の出初式もあるし 神社のこともあるし、忙しいのですよね。
まして スーパーの仕事も休めないし・・・・もつかな〜・・・・

今回から できるだけ熊野の民話や昔々を書きますね
第一弾は私の前のハンドルネームだった水大師です

井戸町の奥 曽山、木本町から大馬へ2キロほどの山道を行くと水大師がある。今は、
寂れたが、昔は、たいへんにぎわったもので 縁日の21日には、参拝者が沢山きたもの
だ。   満願成就の霊地です
このため 当時でも名物で人での多かった木本花火大会(現在の熊野市大花火大会)なども 人集めの為、水大師の縁日である21日に合わせて開いた程だった。
旧の3月21日の大祭ともなると 近郷近在は、勿論、遠くからの信者も来て三千人あまり
の人手を見せた、この地方最大の祭りと言われたものだ。
ここの祭りには、千本のぼりが付き物だった。願い事をする信者がそれぞれ1人千本の
小さな紙ののぼりを参道の両側にたて並べ それが風になびいていた、大東亜戦争中
は、凄かったと当時の堂守が 話していた。当時は、身内の無事なる帰還を願っていた
のだ。   当時は勿論、露天、見せ物もずらりと並んでにぎわった。
この霊水は、弘法大師に教えられたと言うお堂内のわき水で、雨が降り続いても増え
ず、日照り続きでも減らずと言う不思議なわき水で、御詠歌には、「ありがたや〜仏やす
まの法の水、汲めどもつきぬ薬なるらん」とある。中の水は 今 飲んでも甘いですね

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