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スーパーに行くと挙動不審の男性店員が牛乳を不器用に時間をかけて並べている。こちらが買い物をしたくて手を伸ばせないでいるのを察することもなく、ちらちらとこっちを眺めながら。見るからに障害者。邪魔なんだけど、と思いながら他所の売り場に回る。
ホームセンターに行く。値札が付いていない商品があったので店員さんを呼んで尋ねる。「風で飛んじゃったんですね」「え、値段は? 買いたいと思ってるんだけど」
店員さんはおもむろに立ち去る。何か調べに行ったのか、と思いながら寒風の中待つ。しばらくたっても来ない。寒さに耐えられず中に入ってレジの女性に聞く。
「今店の方に値段を聞いたら戻ってこないんだけど」と言うと、店内放送をかけてくれた。その男性が何か機械をいじりながら戻ってくる。レジの女性が話を通し、再び商品のところに戻る。
「値段分かりました?」「あ、今これで見てみます。」と、機械をかざす。
「このブルーベリーは種類はなんですか?」
「札が付いていないんで」、とさりげなく言う店員さん。「でも、種類は知っておきたいんだけど」と言うと、「おっしゃることは十分わかります」。
と、再びサッサと立ち去る。
こりゃ戻ってこないな、と思い商品を持ちレジへ。
レジの女性に話すと、ちょっと困った顔で、「あの人はいつもそんなんで・・・」と口ごもる。察するに障害者。
公的機関ですら守れないような障害者雇用のノルマ。障害者自立保護育成の意図は分かるがパーセンテージが高すぎはしないか。企業にも消費者にも、負担感はぬぐえない。教育にも育成にも時間、人的費用がかかる事は明らか。買い物をする側からすれば変なストレスにもなる、どこかにしわ寄せの来る。
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2018年10月23日
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ある時、機内で欧米の男性と隣席になった際、言われたことがある。
「以前はスプーンなども金属製だったが、今ではみんな日本製のプラスチックになってしまって、とても残念だ。」と。
大量消費が経済発展をもたらすと、突っ走ってきた日本。作ったものを長く使うのではなくごみとして捨ててしまえば新たな購買が発生する。安い製造費、安易に捨てられるプラスチックは日本経済の代表だったのかもしれない。経済大国イコールゴミ大国日本、ツケがいよいよ回ってきたのである。
プラスチックごみによる生態系破壊。無残な死を遂げる自然生物たち。ゴミの分別が複雑すぎて捨てるに捨てられず家の中を廃棄物が占領する。物が壊れれば修理するより買うほうが安い、それが現状。そんな政策を進めてきた国会。
スーパーのレジ袋に家庭ごみを入れ収集車が持って行った時代。政治は国民にごみ処理費用を負担させるために有料ゴミ袋制度を始めた。ダイオキシン問題を盾に。その結果、スーパーのゴミ袋は袋ではなく、新たなゴミとなった。ここで2倍効果。スーパーの袋でごみをこまめに出していればあんな分厚い地方自治体の有料ゴミ袋はいらなかった、そうじゃないか?
ならば、今廃止するべきは有料ゴミ袋だろう。
店には、中身よりも袋の方が目立つ商品がお菓子コーナーに山のごとく並ぶ。肉や魚や、量り売りをしてくれればいい商品がすべて小分け、大分けにして、見栄えよく並べられる。国民の生活を売る方の都合に合わせ変革させてきた結果である。消費税が上がるたびに国民の目をくらませるために包装を過大にして量が減ったのをごまかしてきた結果である。
買い物をして帰ってくるとパックや袋やビニールの多さに嫌気がさす。100円商品ですら、ましてそうだ。
日本政府そして国会よ、ごまかすな。
ゴミ問題はあなた方の、目くらましだけに終始した安易で姑息な政治が招いた、悲しむべき結末である。
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