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平成12年に発行された雑誌「目の眼」に秀衡椀の記事が掲載されました。知っている方の名前も出ていたので印象に残っていました。その記事を掲載して浄法寺・秀衡の参考にしたいと思います。
秀衡椀という名のおこりは「蘭学階梯子」の著者大槻磐水が書いた「秀衡椀記」(寛政4年が」最初である。 しかしこの名が広まったのは明治・大正時代の益田鈍翁、畠山一清などの数奇者がこの椀に目を止め茶会席に使うようになってからといわれている。また民芸運動の創始者柳宗悦も早くから秀衡椀ならず浄法寺の古漆器の持つ美しさに目を止めて集められ、日本民芸協会の機関誌「工藝」「民藝」で特集号を出し、日本民芸館で特別展を開くなどしてきた。それによって名が更に知れ渡り、関心を持つ人が増えてきたのである。 続きはこちら
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古式浄法寺コレクション
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