浄法寺の漆屋!

浄法寺の漆屋です。漆に関する事を綴りたいと思います

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 50年先のことは、夢に見るだけより他はあるまい。心理学者の話では、どんなありえないような無理な夢でも、実際感じたことをあれこれかき混ぜて、感じを起こすのだそうだ。そういう夢のような古い迷信を理学者達がうち破ってから、人間の知識が、からりと開け、ありきたりの知識を乗り越え、飛び越え、ロガリズミック(大変な勢い)の調子で進み出した。
  1873年マックスウェルの大論文で「電気の波が光の速さで空中を伝わるはずだ」と聞かされたとき、人々は夢かとばかり驚いた。がしばらくして、ヘルツの実験でそれが鮮やかに証明されると、さっそくマルコニーがそれを応用して、無線電信を作り出した。その波の長さは数キロメートルであった。
 
 ところが、その反対に光の波よりずっと短いエクス線がこれに続いて発見されて、それが不透明なものを通して見られるので、生きた人間の体でも機械に使ってある材料の中でも、そこにある病や傷をあらためるのに役立ち、大層重宝がられている。これらはすべて前世紀(19世紀)の末ごろの出来事であった。
 
 今世紀になって一層応用が進み、無線電話、ラジオ放送、テレビジョン、それの天然色(カラー化)、また、大戦争のおかげでレーダーが出来、これで遠くの天気もようも見られ、大いに天気予報に役立つ。なお数百キロメートルの高さにある電離層FEDの上がり下がりのはか、そこのイオンの数までが観測されるようになった。
 
 これらはすべて地球の表面から上のことだが、すぐ足下の地面の内部は、これに比べて情けないほどわかりかねている。ただ、地磁気、地電流、地震の伝わり方、それの起こる場所などは、時の統計などによっていくらかの様子をうかがうにすぎない。何とかしてエクス線で体の中を見るように、しかるべく電波のあんばいを刷るわけにはいくまいか。
 
 幸い、それが出来たらば、地震を起こす断層ができかけているいがみ、ひがみや、火山の爆発前の溶岩の動きなども見えて、予報の助けにもなり、またその応用は、金銀銅鉄のありかを捜すに役立とう。また、欲を言えば、地球の心(しん)が固形体か流動体かなどの問題もわかってこよう。
 
 こんなことの研究には、大仕掛けの設備や機械なども入り用かもしれないが、また、ヘルツやレントゲンが使ったような簡単な手細工の道具でできるかもしれない。さらにまた、マックスウェルのような頭の働きだけで出来るかもしれない。また、50年先といっても、10年か20年でできるか、数百年の後だかもわからない。
 

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ゴキ畑の天狗

 子供のころ、何かの本で読んだか誰かから聞いた記憶があった。

 浄法寺のゴキ畑に天狗が住んでいて、人々の集まりには椀を貸すというものだ。その後に、あれこれと調べるうちに全国各地に「椀貸し」伝説があることを知ってとても新鮮な驚きを感じた。

「ゴキ畑の天狗様にお願いすれば、お椀を貸してもらうことができた。使った後はきれいに洗って返す。ところがある時、悪い人が借りたお椀の一つを返さなかったため、二度と貸してくれなくなった」

 ゴキ畑という地名は漢字で書けば「御器畑」で、江戸期には椀木地の材料を切り出していたようである。現在は木工や漆芸を生業にしている人はいない。

 民俗学の大家柳田国男は、全国に分布する椀貸し伝説について、山間部を移動しつつ木製品の生産に従事した「木地師」と関係するものとしている。

 都市も交通も未発達だった昔、各地の深い山中で木椀などを作っていた木地師たちについての伝承が、天狗の椀貸し伝説になったのかもしれない。  


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陸奥浄法寺城

カシオペア地域で九戸城に匹敵する規模を誇るのが「浄法寺城」です。
二戸市浄法寺町の安比川左岸、南東方向に張り出した丘陵上(比高40−50m)に位置する平山城で、
新城館・西館・大館・八幡館の4郭からなる多館式の城館です

八幡館は東西250m×南北100mほど、大館は東西130m×南北140m、新城館は東西280m×南北150m、西館は東西150m×南北170mほどあり、
どの郭もこれだけで城ができるほど巨大な郭が連続します。
各郭は堀で分断され、特に八幡館・大館間の堀は幅20m・深さ10−15mはありそうな巨大な堀で、近世には鹿角街道が通る交通の要衝でした。

城主浄法寺氏は鎌倉御家人畠山氏の庶流とされます。
一説には元久2(1205)年、畠山重忠とその子重保・重秀が鎌倉幕府に対して謀反を企てたとして誅殺され、出家していた三男重慶が難を逃れて浄法寺に下向し土着したと伝えられます。
また一説には「奥州藤原攻め」で軍功のあった畠山重忠の弟重宗に二戸郡が宛がわれ、
その後 重宗の嫡子が早世し嗣子がなかったため、鎌倉浄法寺で出家していた重慶が還俗して重宗の跡目を継いだとする説もあります。

いずれにしても鎌倉初期、安比川流域に進出した畠山氏は浄法寺氏を称して、勢力を拡大する過程で浄法寺城を築いたと考えられます。
室町期、浄法寺氏の事績は不明ですが、安比川流域に松岡・田山・大森氏等の庶流を配置し南部氏からも客将として認知され独立した在地勢力に成長しました。

天正19(1591)年に勃発した「九戸の乱」で浄法寺修理重安は当初、日和見を決め込み行動を起こしませんでしたが、最終的には南部信直方に与して、姉帯城・根曽利城攻めに参陣しています。
一族の中には「九戸城」に与した勢力もあったようで、一族の血筋を残すために戦国期にはよく見られる行動です。(真田家など)

天正20(1592)年、秀吉の一国一城令により浄法寺城は破却されますが、浄法寺修理は南部氏から5000石を宛がわれ、外様領主として南部氏の家臣団に組み込まれます。
 
慶長2(1597)年には盛岡城築城の普請5奉行に任ぜられています。

慶長5(1600)年、南部家の和賀地方統治に反対する「和賀の乱」が勃発し、重安の子重好は鎮圧のため和賀の岩崎城へ出陣します。
 
南部利直は対陣中に陣を引き払い三戸へ戻ります。この際、浄法寺重好に和賀に残るように命じました。
しかし、和賀を任された重好は部下を残したまま無断で浄法寺に帰ってしまい、翌春に和賀に戻ります。
 
慶長8(1603)年、乱の終結後に重好の行動が戦陣の規律を破ったとされ、浄法寺氏は改易処分となったと伝わっています。

南部領内でも有数の大身者・浄法寺氏の改易は大事件なはずですが、その後の記録はほとんど残されていません。
 
大きな謎と思うのは管理人だけでしょうか?。


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塗師のむら

 八幡平西に約五キロ、ここから安比側の源が発している。この源ちかくに赤坂田というむらがある。昔は川に沿って、幅五、六尺の道があったが、明治二十五、六年頃に県道となった。現在は花輪線の「あかさかた」駅があるので、面目は一新した。皮に沿う水田から米がとれるようになったのは、昭和二十年以降のことで、それまでは稗を作つけていた。ものむらの人々が、全く稗を食わなくなったのは、昭和二十七、八年ごろからのことである。「もとむら」の荒屋新町の人たちからは、「赤坂田のマス」と軽蔑されていた。マスとは猿のことである。むらの人たちもそういわれると仲良くなるはずはないので、結婚圏も隣の郡まで伸びていた。

 近ごろ急速に住宅が改造されたり、新築されたが、そういう近代的な建物の中に、小さな古い土蔵が残されている。これが塗師の仕事場であり、塗り物の乾燥場である。

 隣村の門崎も、この村と同様に塗師のむらであった。この地方で有名な浄法寺椀こういうむらからつくりだされたものである。荒澤村産南部塗の沿革によると、次のようになっている。

 「この漆器は、浄法寺町の天台寺の衆坊がこの技法を伝習したのが秀衡以前のことであろう。次いで衣川の没落者が荒澤村の浅沢地方に来住して、次第に同業者ができるようになり、生産品は天台寺の参拝者に供給した、というのが草創期で、その後南部塗というようになり、その後次第に販路が広がり、その名称が御山御器とか、浄法寺御器と呼ぶようになった。この御器が盛んになったのは寛文から享保までの七十年間で、地元にも問屋ができるようになったが、重要がふえるようになると、粗製濫造となって信用を失うものもできるようになり、それに、宝暦、天明の凶作で打撃を受けたが、文化文政の時代には再び盛んになり、明治になると販路が北海道までおよぶようになった。」

 というのだが、これが昭和三十四、五年ごろに現れたベークライトの前にひとたまりもなく、この長い歴史を閉じなければならなかった。
 
 この浄法寺椀というのは、一般の農家が毎日使う物であった。だから需要も多かった。農家では、この椀のことを三ツ椀とか鉄鉢椀などといって愛用していたが、大正の末頃に茶碗が入り込んできた。漆器と違って壊れやすいので、取り扱いに注意しなければならなかったが、模様とか色とか、大きさなどによって、家族がそれぞれ個人別に使えるという便利さがあった。しかし現在でも、寄り合いのような人の集まるときの食事には、昔の浄法寺椀を使っているところが多い。

 明治十年ごろ、汁椀一枚一銭、三ツ椀が四銭であった。
 
(参考文献 高橋九一箸 むらの生活史



二戸地方の郷土史を研究していた田中庄一氏の名著が売りに出されていました。

是非にも入手したいと思いましたが、小遣い銭では無理です。

じっと我慢です。

図書館とかにはあるのかな?

漆の町浄法寺で、復刻出版できないんでしょうか。

難しいでかね。


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