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浄法寺漆器に重大な位置を占めると思われる天台寺。
その入り口とも言うべきなのが桂清水。
昭和40年代の荒れ放題だった姿を知っています。
その時から見れば、一見すると復興しているように見えます。
しかし、信仰まで復活したかどうかは疑問です。
宿坊が復活すれば面白いですね。
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鶴岡は、江戸時代、徳川四天王と言われた酒井氏が代々治めた庄内藩の城下町です。
藤沢周平に縁の町でもあります。
直木賞作家の藤沢氏が描く時代小説はファンが多く、大好きな作家の一人でもあります。
江戸時代、西廻り航路で栄えた港町で、豪商、本間家ゆかりの史跡が数多く見られ、古伊万里の珍品が残る土地でもあります。
時々、これはと思う古い漆器も出てきます。
来年の目標を鶴岡旅行としたいです。
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骨董カフェをインターネットで検索しています。
浄法寺の塗師が、明治初期に新潟方面と交流があった資料を発掘しました。
その資料を見ながら、新潟の骨董カフェ見つけました。
南魚沼の「大正や」です
骨董・カフェ てづくりショップ 大正や
新潟県南魚沼市塩沢1437-1 TEL:025-782-0706 時間:10:00〜18:00(5~10月)/10:00〜17:00(11~4月) 火・水定休 古漆器さがしながら行って見たいです。
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平凡社から出版されている工芸志料は、太古から明治初年にいたる日本工芸の歩みを,膨大な古文献を渉猟駆使して叙述する名著。
類書のない貴重な史料集として,またユニークな通史として,本書は今なお不朽の名声を保っている。 その中で浄法寺椀に関する記述。 ・・・工芸志料328ページ・・・ ○高倉天皇の御宇、陸奥の南部の工人漆器を製す。これを南部椀という。 ・・・工芸志料332ページ・・・ ○天正年間、此の際陸奥の会津の工人、或いは南部椀模擬し或いは新意を出して多く漆器を製す。これを会津塗という。 高倉天皇は応保元年9月3日(1161年) - 治承5年1月14日(1181年)は、平安時代末期の第80代天皇。 在位:仁安3年2月19日(1168年) - 治承4年2月21日(1180年)である。この時代は平泉文化の末期と重なる。 この頃に、陸奥の南部の工人とは、どの地域の工人かは悩むところである。 ここでいう南部とは、南部氏の事であろうから、未だ陸奥の北部には勢力を持っていない。 天正年間に、九戸城攻略の責任者は蒲生氏郷であり、一説には九戸攻略後に漆工職人を会津に連れ帰ったとある。江戸期以降、浄法寺と会津の漆工はお互いに品物や漆を融通したと思われる資料も残っている。 |
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中学生の時に修学旅行で北海道へ。
森町でイカ飯を食べた記憶があります。
ネットで検索したら、森町のイカめしを見つけ、同じものが近くの食料品店にありました。
早速購入。
懐かしい味でした。
白菜の漬け物、鷲の尾のカップ酒でいただきました。
自宅でも作れそうな感じですが、長年の経験に培われた味には勝てないでしょう。
価格も手頃です。
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