<訃報>樹木希林さん75歳=女優 テレビドラマ「寺内貫太郎一家」(TBS)や映画「わが母の記」(2012年)などの個性的な演技で高い評価を集めた女優の樹木希林(きき・きりん、本名・内田啓子=うちだ・けいこ)さんが15日、死去した。75歳。葬儀は30日午前10時、東京都港区南麻布4の11の25の光林寺。
【樹木希林さんの軌跡を写真特集で】 東京・神田生まれ。文学座研究生の1964年、TBSドラマ「七人の孫」に悠木千帆の芸名で出演。66年に文学座を離れ、77年に樹木希林に改名した。TBSの演出家、久世光彦さんと組んだドラマ「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」「ムー一族」などでは、若いながらも老け役を演じて親しまれた。「ムー」主演の郷ひろみさんとデュエットした劇中歌「お化けのロック」「林檎(りんご)殺人事件」も大ヒット。NHKドラマ「夢千代日記」「はね駒(こんま)」などにも出演した。 映画でも際立った存在感を見せた。「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(07年)、「歩いても 歩いても」(08年)、「わが母の記」などで母親役を好演。18年、カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」には一家の祖母役で出演した。 私生活では、73年にロック歌手の内田裕也さんと結婚。03年に網膜剥離で左目を失明し、05年には乳がんで右乳房摘出手術を受けた。13年、がんの全身転移を告白。18年8月には左大腿(だいたい)骨を骨折し、緊急手術を受けていた。同10月公開の映画「日日是好日」にも出演していた。 女優でエッセイストの内田也哉子さんは長女。俳優の本木雅弘さんは娘婿。08年紫綬褒章、14年旭日小綬章受章。 骨董の薀蓄が好きでした。
内田裕也とのある写真は本当に格好良かったですね。 |
日記
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岩手でも結構揺れましたが、北海道はすごかったと思われます。
焼け石に水ですが、T-pointを254ポイント寄付させていただきました。
被害の実態はこれから判明します。
被害の無い地域は、普通の生活で応援しましょう。
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やっぱり実行する人がいました。
niftyニュースからの転載です。
メルカリで“偽装酒”販売 空き瓶も数万円で高額取引のナゾ
2018年08月22日 15時03分 日刊ゲンダイDIGITAL
メルカリで“偽装酒”販売 空き瓶も数万円で高額取引のナゾ
本物はともかく…(メルカリのHPから) サントリーのブランドウイスキー「響30年」の偽物を販売したとして、詐欺と商標法違反の疑いで、いずれも東京都の古物店店員の根本武明と笹川裕の両容疑者が21日、三重県警に逮捕された。販売された偽装酒は箱と瓶は本物だが、中身は詰め替えられたものだった。 2人はどこからか「響30年」の本物の瓶と箱を入手。安酒を入れて栓をし、新品未開封のように偽物をつくりあげた。
これをフリマアプリ「メルカリ」を利用して、仙台市の男性会社員に「サントリーウイスキー響30年」と称して、4回に分けて計5本販売。合計で代金99万円をだまし取った。
「響30年」の定価は、1本12万5000円だ。
それにしても逮捕された2人は、果たしてどこから本物の箱と瓶を入手したのか。
実は偽装酒が販売されたメルカリで、1本数万円の高級酒ならぬ“高級空き瓶”が高値で取引されているのだ。
21日現在確認しただけでも、「山崎25年 空き瓶 旧ボトル」が11万5000円で、「マッカラン1949空き瓶」が22万円で売られていた。
有名ブランドの高級酒を中心に、1万円以上の空き瓶が約150点も出品されていた。その半分ほどが既に売り切れていた。
ITジャーナリストの井上トシユキ氏はこう言う。 「実物を確認できないため、ネットでの通販やオークションを利用した人が偽装酒を掴まされるトラブルは多いです。空き瓶が出品されているのはコレクター向けの場合もありますが、偽装酒づくりに利用されている可能性もあります」
メルカリに高級空き瓶について問い合わせたが、締め切りまでに返答はなかった。ネットでお酒を購入する際は注意が必要なようだ。
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浄法寺地方は、昨夜の雨で通行止めや土砂崩れが発生しています。
被害状況はこれから判明すると思います。
高速道も通行止め。
被害が大きくないことを祈ります。
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越前漆器の産地として栄えてきた、福井県の河和田地区片山町の八幡神社と河和田町の敷山神社の境内には漆器神社があります。
八幡神社には、漆器工芸がすべて手作りで行われていた当時の、全工程の道具や漆器に関する古文書が保存されています。
神社からの眺めが良く、河和田の町並みを一望できます。
敷山神社には美しい漆の天井絵があり、こちらは河和田町会館まで問い合わせをすれば見ることができます。
これら2つの神社では、毎年職人の道具の供養やさまざまな関連イベントを実施しています。
いかにこの地域で漆器づくりが古くから盛んだったかがわかるってものです。
河和田の漆器のはじまりは約1,500年前の第26代継体天皇の頃といわれています。
実はこの継体天皇は越前の国にゆかりが深く、まだ継体天皇が皇子のころ、壊れた冠の修理を河和田の塗師に命じたそうです。
塗師は、冠を漆で修理するとともに黒塗りの椀を献上ました。
皇子はその見事さに感動し、片山集落で漆器づくりを行うよう奨励したことが越前漆器の始まりと伝えられています。
その後、江戸の後期には京都から蒔絵師を、輪島から沈金の技術を取り入れ、明治期には「丸物」とよばれる椀類から、重箱、お膳など「角物」にまで製品を拡大。生産エリアも河和田地区全体に広がり越前漆器の一大産地になりました。
その後、河和田を含むこの辺りの地域で作られる越前漆器は、工芸品にとどまらず旅館や飲食店向けの業務用として東京、大阪、名古屋といった大消費地に供給しつづけました。
こうした歴史の中で、たくさん作る量産技術、工程ごとの分業体制が構築され、町全体で漆器に携わることになりました。
古い河和田漆器を数個所有していますが、その質実剛健な作風と、どこかに感じる作風が気に入っています。
漆器神社(八幡神社)
電話番号 0778-65-1987
所在地 福井県鯖江市片山町漆器(敷山神社)
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