浄法寺の漆屋!

浄法寺の漆屋です。漆に関する事を綴りたいと思います

浄法寺周辺の歴史

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浄法寺氏の祖は桓武平氏秩父流畠山氏、畠山重忠の三男、阿闍梨重慶が祖と伝わっている。
 
重慶ほかの畠山氏については、二戸浄法寺を始め、秩父地方、能登地方など各地に伝説が残る。
 
『南部藩士由緒記』
畠山重忠と太郎重保が、奥州の戦功によって頼朝から二戸郡を受けたとする。

その後この地を継いだのは二男であるが、この嫡子が死んだため、
鎌倉浄法寺で出家した者が還俗してこの家を継いだ。
 
こちらの資料では二男が継いだと書かれている。
この嫡子が亡くなり、鎌倉の浄法寺にいた一族が還俗して浄法寺家を継いだ。
現在は、鎌倉に浄法寺という寺は存在しない。
この資料から想像されることは、浄法寺一族に仏教に関係した人物がいたと言うことだ。
もしかしたら、天台寺の庇護者だった可能性は捨てきれない。
あるいは、漆で勢力を拡大したかもしれない。
 
群馬や福井、鎌倉など、仮説を立ててしらべたいです。
問題はやっぱり費用ですね。


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南部枡

10年ぐらい前にインターネットで見つけた記事を残していました。
 
ネタ元のURLは、残念ながら失念してしまいました。
 
メモによると、盛岡藩は江戸時代には全国の半分以上を漆を生産したそうです。
 
生産の半分は運上金として藩に納めさせ、後の半分を物産問屋の下で、荷造樽を馬や引き舟、河川船、渡海船などの流通ルートに乗せ、江戸や大坂などに送ったとあります。
 
これらの過程で、江戸着の目方が7%減ったとの問屋からの申し出があり、独特な計量管理の跡も残ります。
 
揆籌という独特の枡があったとも言われ、盛岡藩(八戸・七戸藩含む)で使用された南部枡の規格を表す文書に記録されています。
 
一合二勺五才は、方形三寸二分、深さ 一寸
二合五勺は、方形三寸七分、深さ一寸五分
 
揆籌規格の枡は、今のところ現物は見つかっていませんが、明治生まれの古老達は、普通よりも大きい升があったことを語っています。
 
平べったくて、容量も普通より約27%も多く入り、幕府容認の盛岡藩特有の枡であったようです。
 
漆は取引の段階では重量(目方)だが、藩の運上金納入記録は盃(杯)が使われてたようです。
 
霊前などに供える「一杯めし」は二合五勺で、山盛一杯の意味が含まれると言われます。
 
「一杯めし」を普通の枡で精米を計ってみると、約256%多くなり、揆籌規格の枡が基準になっていたかもしれません。
 
「盃」は、藩の取り決めで、次のように使用細目を決めていました。
 
「生漆」計量の場合、
1)一盃の目方三二〇匁
2)百盃の目方三二貫
3)一駄 百盃入れ一つ
4)一盃の値段九百文
 
「精製漆」計量の場合
1)一盃の目方百六・七匁
2)百盃の目方一〇貫六六七匁
3)三百盃の目方三二貫
4)一駄 百盃入れ三つ
 
これらから見ると、精製漆の比重は、三分の一になります。
 
南部枡の始まりは以下のように書かれています。
 
 南部大膳太夫領内通用舛、寛文八年五月津留書上之節、岡田豊前守
 様え御届申上候通、京舛通用仕候、尤、従京都差下候舛にては、領
 内手廣に付、末々迄行届兼、往古より舛方役人并職人共迄申付置、
 京舛本形に仕、入目相改仕足舛申付来候、以前之儀は相知不申候得
 共、天正年中より慶長初迄、越前国新保罷有候久末長右衛門と申者
 え、京都・大坂用事頼候付、京舛為相調差下候得共、前書に申上候
 通、手廣にて領内中行渡兼、右舛本形に仕、仕足舛申付用ひ来候得
 共、東照宮御治威己来御当地舛を本形に仕、当時共舛方役人共え為
 遂吟味、仕足舛申付儀、寛文八年津留等書上候己後、同年七月故大
 膳太夫重信参勤仕候節、前書之通往古より仕足舛申付来候趣、御面
 談御届申上候之処、御聞届被置候、舛恰好之儀は、往古より仕来之
 通、只今共に不相替申付置候、入目之儀は、本形舛之通相違無御座
 候、舛恰好并焼印共に、絵図之通御座候、以上、
   安永五年九月    
 
漆に関しては、現在の精製業者から聞くと、感覚的なものだが江戸時代の文献に間違いないそうです。
 
南部枡の始まりは以下のように書かれています。
 の実物を見てみたいです。


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天台寺は浄法寺か

岩手県二戸市浄法寺町の天台寺。
「天台寺のある浄法寺町の生まれです」と言うと混乱する人がいました。

中世に二戸郡に勢力のあった鎌倉武士の浄法寺氏にちなんで浄法寺町と呼ばれていましたが、調べてみると、浄法寺という寺院は鎌倉時代に鎌倉にあったお寺のようです。

中世には二戸市浄法寺町には浄法寺城がありました。
城主は鎌倉幕府系の浄法寺氏です。
浄法寺氏の祖先は鎌倉市で奉られている畠山重忠です。
畠山重忠は北条時政の娘と結婚しました。
北条政子の妹です。

畠山重忠は北条家のお家騒動に巻き込まれ誅殺されます。
その際に二男(三男説あり)が陸奥国二戸郡に逃れ浄法寺に住み着きました。

伝説によると天台寺は浄法寺と呼ばれていた時代があったようです。

天台寺という名前が確実に確認できるのは正平18年です。
西暦だと1363年です。

浄法寺氏が天台宗なので天台寺となりました。

伝説を信じれば畠山氏は天台寺の庇護者だったのですね。

現在、浄法寺町には浄法寺氏は一人も住んでいません。

浄法寺氏は、盛岡藩が成立して間もなく、分家の松岡氏に預けられたようです。
松岡家は現在に続いています。

青森県三沢市などは浄法寺姓の方が住んでおります。

盛岡藩が成立した頃に、古間木の土地を与えられて移り住んだとう伝説もあります。

盛岡南部藩の五家老に数えられていた浄法寺氏。
その改易の詳細が残されていないのです。
不思議です。

鎌倉浄法寺の宗派はなんだったのか興味が湧きます。

もしも天台宗だとしたえら、天台寺の歴史に新しい説が出てきますね。
宗派を寺の名前にしているのは天台寺だけのように思います。


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縄文と漆

浄法寺地域周辺では、古来より浄法寺の一地域と見られていた岩手県八幡平市(旧安代町曲田遺跡)で縄文時代後期の漆壺土器が出土しています。

曲田遺跡は安比川流域で古代より同一圏域と考えられている地域です。
 
一方、浄法寺を流れる安比川下流域の青森県八戸市では是川遺跡をはじめとして多くの遺跡から、他地域を圧倒する数の漆芸品が出土しています。

これらの事実は何を物語るのでしょうか。
 
中世以降の資料によれば、浄法寺を含む二戸地方が隣接する九戸、三戸、鹿角などに比べて特段に漆の木の生育に適した地域であり、国内においても特別な地域であったことが立証されています。

日本の北緯40度の安比川流域一帯は、悠久の昔から漆という植物によって日本の縄文文化を支えたのかもしれません。

そうすると、平泉の藤原氏が古代豪族の安部氏の血を受け継ぎ黄金文化を創った背景には、浄法寺地方の漆があったという説も現実味を帯びてくるのです。

近年の調査で、安部一族の古来の本拠地は安比川流域であり、「天台寺」創建や「安比」地名の由来に関連付ける説が提唱されています。


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末の松山と浪打峠

末の松山と浪打峠
 
二戸市と一戸町の境にある末の松山に登る道は、かつては人馬の往来も多く道幅も広かったそうです。

また山頂に登ると岩手山や姫神山が望まれ、雄大な風景がひらけています。

古くから歌に詠まれる名所として知られ、三十六歌仙の一人清原元輔が詠んだ歌は有名です。

「契りきな かたみに袖をしぼりつつ 末の松山 なみこさじとは」

後拾遺和歌集の歌は有名ですね。

「末の松山」を詠んだ歌は、古今和歌集の他、拾遺和歌集や千載和歌集などに数多く撰ばれている。
 
しかし、かつては海底だったことを物語る交差層を見ていると、海の気配が感じられ風景全体が波打っている。別名を浪打峠と称ばれる。
 
明治9年7月10日朝、明治天皇東北御巡幸の際にここで休まれたと記録に残っています。
 
「後撰和歌集」 
「わが袖はなにたつすゑの松山かそらより浪のこえぬ日はなし」

「拾遺和歌集」
「浦ちかくふりくる雪はしら浪の末の松山こすかとぞ見る」

「金葉和歌集」
「いかにせんすゑの松山なみこさばみねのはつゆききえもこそすれ」

「千載和歌集」
「あきかぜは浪とともにやこえぬらんまだきすずしきすゑの松山」

「新古今和歌集」
「霞たつすゑの松山ほのぼのと波にはなるる横雲の空」

「能因集」
「すゑのまつ山にて白浪のこすかとのみそきこえける末の松山まつ風の声」

「後鳥羽院御集」 
「 見わたせば浪こす山のすゑの松木すゑにやとる冬の夜の月」


末の松山は、一般的には多賀城周辺とされていますが、二戸地方の説も根強くあります。

二戸地方の末の松山は、現在では通る人はほとんどありませんが、和歌でも詠みながら歩いてみたいと思うこの頃です。


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浄法寺漆
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