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書庫(単なる物置)に積み上げている本の中から出てきました。
昭和時代に出版されたものです。
読んだことがあったかどうかは記憶にありません。
中身をサラッと見てみましたが、けっこう興味深い内容です。
探せばこの種の本が各地で埋もれているはずですね。
埋もれている資料を探し出したいです。
各種書籍は捨てる前にお知らせください!
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書き物
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古い郷土史関係の資料を読んでいたら、「南部椀考」という記事が目に入りました。
昭和30年ごろのもので「奥羽史談」に掲載されています。
投稿者は吉川保正という方です。
・南部椀の創は資料がない
・天台寺起源説も資料がない
・南部椀という名称は南部藩以外での呼称である
・南部椀が作られた古文書が見つかった
・浄法寺を中心とした地域である
・各地に出荷されていた
などが書かれています。
注目は、黒川眞頼著の工芸志料からの引用として
「天正18年蒲生氏郷会津領主となる。氏郷漆工に創て南部椀に模擬して以て漆器を製せしむ。是を会津塗といい、・・・・」とあります。
これを素直に読めば、会津塗の元祖は南部(浄法寺)ということになります。
後日、公式サイトに関連の考察を掲載したいと思います。
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南部の名を有つものに古くから「南部椀」があります。時にはこれを呼んで「秀衡椀」という人もあります。
出典柳宗悦『手仕事の日本』(岩波文庫)
手仕事の日本を読み返していて↑の記述を見つけました。読んでいたはずなんですけど・・・。
この記述を普通に理解すれば、秀衡椀=南部椀ということになりますね。
一般的に間違われることが多いのですが、秀衡塗と秀衡椀は別なものです。
秀衡塗は明治以降に名づけられたもので、盛岡市長が命名しました。当時の産地も盛岡でした。
興味を持って読まないと見逃しが多いですね。
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新しい「漆」関連の本を読み終えました。
近代の浄法寺漆について書かれいます。
明治の生まれがほとんどいなくなった現在では貴重な資料となりますね。
浄法寺の漆を考えた場合、漆掻きの一面と漆器製造の一面を別に考えなければなりませんね。
漆掻きの部分はかなり解明されていますが、紙器製造の部分はまだ体系的に研究されていません。
何とか漆器製造の部分にも光を当てたいものです。
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浄法寺町内に残されていた古文書。
200年近く前のモノだそうです。
以前から所有していたんですが、今回は無料で現代語訳をして頂きました。
それというのも、来月に開催される「手仕事展」で展示するんだそうです。
こっちも願ったりかなったりでした。
塗師の与助さんという人に与えられたモノで、他には教えるなと書いています。
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