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先年所用の事ありて信州諏訪辺を通る事あり。信濃そばとて名物を聞居ければ、旅宿にてそばを所望せしに、其そば其製大きによし。なるほど名物ほどの事有り。然るにそば後すぐに蕎麦湯を出して飲しむ。予主人に問いて云江戸にては、そば切りを人に振舞時、そばの後、定って吸物とて豆腐の味噌煮を出す。よく麺毒を解すといい伝ふ。しかるに今吸物など出さずして直にそば湯を出すはそのわけ有やと云へば、主人云いけるは、そば後直に蕎麦湯を飲む時は食するそば直に下腹に落着てたとへ過食するとも胸透きて腹意大きによろしき物也。
帰郷の後信濃風とてそば切を人々に振廻ふ時分には、必角そば後直にそば湯を出して饗応せしに、江戸などにてはせぬ事故中々珍敷一興なりとて皆賞しけり。
古書に書かれている「蕎麦湯」の記述です。
江戸では蕎麦を食べた後には味噌汁を飲んでいたようです。
皆様の蕎麦うんちくを教えてください。
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蕎麦
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元々は向付だったのが、いつの間にか蕎麦猪口と呼ばれるようになったようですね。
そのデザインになんとも言えない江戸を感じますね。
これから少しずつコレクションしてみたいと思います。
フリーカップとしても使い勝手がいいですね。
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江戸時代の蕎麦資料。
現在の湯桶には蕎麦つゆが入っています。
そうすると、蕎麦徳利はいつごろから使われたんでしょうか。
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皆さんは蕎麦湯はお好きでしょうか。
蕎麦湯を出す器が湯桶です。
漆塗の湯桶で蕎麦湯を出されると、何となく嬉しくなりますね。
現在は湯桶として使われているようですが、元々は蕎麦つゆを入れる容器だったようです。
現在の蕎麦徳利は、大正時代までは一般的ではなかったとのこと。
美味い蕎麦が食べたいです。
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青森県南の蕎麦屋さんから依頼された湯桶の修理が終わりました。
やっぱり蕎麦湯は、しっかりした漆塗りの湯桶で出してほしいものです。
さて、手打ち蕎麦というと皆さんはどんな蕎麦を想像しますか。
一般的には「機械にかけずに手作りする蕎麦」と思っていませんか。
ま〜〜、辞典などにもそう書かれているので仕方ありませんね。
手作りで無い蕎麦とは?。
もしかして機械で作った蕎麦の事でしょうか?。
では、蕎麦づくりの機械とはいつごろに導入されたんでしょう。
明治以降なことは間違いないでしょう。
それでは、江戸時代に「手打ち蕎麦」という言葉はなかったんでしょうか?
実はあったのです。
『蕎麦と江戸文化』(笠井俊弥)という本には「手打ち」の語源として手討ち説をあげています。
手討ちというのは、殿様が、「無礼者じゃ、切り捨てぃ!」と家来に命じるのではなくて、
「無礼者そこへなおれ!」と自分で刀を抜いてみずから手を下すことです。
そこから、お侍さんが刀ならぬ包丁を持って、みずから蕎麦を打つことを、しゃれで手打ち蕎麦といったようです。
江戸時代の川柳で「手打ちそば下女前垂れを借りられる」というのがあります。おさむらいさんが、いまから蕎麦を打つからといって下女の前垂れ(エプロン)を持って行ってしまったといった、というような様子を詠んだものなのでしょうね。落語の『そばの殿様』みたいなことは本当にあったようです。
私も手打ち蕎麦は、手作りの蕎麦と思っていました。
あるブログでこのことを知ったのです。
なにはともあれ、蕎麦には漆器です。
宜しくお願いいたします。
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