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相撲のブログ、だれを書こうかと思って悩みました。
相撲は無差別級だということで、腹筋の浮き出ている力士として人気のあった維新力。
初土俵は昭和51年3月場所。初めの四股名は若高鉄。
のちに四股名を「維新軍の長州力にちなんだ現在の名に改名。
相撲取りにあるまじき腹筋の浮いた体格と、端正な顔立ち、元気溢れる勇敢な取り組みで、十両では屈指の人気を博した。
平成元年に11月場所で西十両筆頭まで昇進したものの、体重が80kgそこそこの小兵であり幕内までは届かなかった。
平成2年3月場所では、8日目に曙を突き落とし、10日目に若花田を上手投げで土俵下に投げ飛ばすなど後の横綱から豪快な内容で白星をあげている。この間の9日目には貴花田と対戦、内容的には勝っていたものの髷掴みの反則を取られて敗れた。
同年7月場所に東十両11枚目で2勝13敗と大幅に負け越して、幕下転落が確実となったため、この場所限りで廃業した。十両での通算成績は141勝159敗。
心に残る力士でした。
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相撲
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大乃国を杉浦日向子さんが贔屓にしていたことから、応援していたことがあります。
今はスイーツの柴田山親方として知られています。
なんといっても千代の富士の連勝を止めたことが印象に残ります。
初場所では若乃島が再十両です。
奮闘を期待します。
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江戸時代は、力士、与力、火消しは江戸の三男と言われていました。
古来より神事として我々とも関係の深い相撲。
実は江戸時代までは女性の相撲見物はできませんでした。
元々は、大関になると侍の身分になり禄をもらえました。
十両の番付は、年間に十両もらえる番付でした。
黒船が来たときは、力士に米俵を運ばせて、アメリカ人に誇示したようです。
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