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夜中、急に雨が降り出しました。
窓を開けていたら雨が降り込むので、閉めてクーラーをつけて就寝・・。
せっかく冷たい風が入ってきていたのになあ・・。
さて、四国八十八ヶ所霊場巡り。
7月31日に訪れた 四国八十八ヶ所霊場 第15番札所 阿波国分寺の写真の続きです。 今回で阿波国分寺の記事は最後です。
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(Photo: 2010.7.31 徳島県徳島市国府町 四国八十八ヶ所霊場 第15番札所 国分寺
Camera: CANON EOS 5DMarkⅡ Lens : CANON EF28-70mm F2.8L USM) |
四国八十八ヶ所霊場
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コメント(16)
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網戸から入る涼しい風があまりにも気持ちよく、このままずっと寝ていたい・・。
すや・すや・・・。
あっ、ダメ、ダメ・・。 会社に遅れちゃう・・
秋は、もうすぐのようですね
さて、四国八十八ヶ所霊場巡り。
昨日に続き、7月31日に訪れた 四国八十八ヶ所霊場 第15番札所 阿波国分寺の写真の続きで す。
歴史
天平13年(741年)、聖武天皇が発した国分寺建立の詔により諸国に建てられた国分寺の一つ。寺伝では行基が自ら薬師如来を刻んで開基し、聖武天皇から釈迦如来像と大般若経、光明皇后の位牌厨子が納められたと伝わっている。当初は法相宗の寺院として七堂伽藍を有する大寺院であった。弘仁年間(810〜824年)に空海(弘法大師)が巡錫した際に真言宗に改宗したとされる。 史実としては、正確な成立過程は不明であるが、『続日本紀』に天平勝宝8年(756年)、聖武天皇の周忌に際し、阿波国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したとの記載があり、遅くともこの頃には完成していたことがわかる。
天正年間(1573〜1592年)土佐の長宗我部元親率いる軍の兵火によって焼失。長らく荒廃していたが、 寛保元年(1741年)に徳島藩主蜂須賀家の命により郡奉行速水角五郎が復興にかかり、吼山養師和尚が再建したことから宗派も現在の曹洞宗となった。
引用元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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(Photo: 2010.7.31 徳島県徳島市国府町 四国八十八ヶ所霊場 第15番札所 国分寺
Camera: CANON EOS 5DMarkⅡ Lens : CANON EF28-70mm F2.8L USM) |
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こちら高松では、夜中から強い風が吹いています。
台風の影響がでているのでしょうか・・。
おかげで、ひさしぶりにクーラーをつけずに寝ることができました。
さて、本日怒涛の3件目の記事です。
四国八十八ヶ所霊場巡り。
先般まで7月31日に訪れた 四国八十八ヶ所霊場 第14番札所 「常楽寺」の記事をupしていました が、本日から常楽寺のあとに訪れた阿波国分寺の記事です。
ここでも多くの写真を撮ってきました。
何回かに分けてupします。
阿波国分寺(あわこくぶんじ)は、徳島県徳島市国府町に位置する寺院。四国八十八箇所霊場の第十五番札所。札所寺院としては単に国分寺と呼ぶのが通例である。薬王山(やくおうさん)、金色院(こんじきいん)と号す。宗派は曹洞宗。本尊は薬師如来。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌:薄く濃く わけわけ色を 染めぬれば 流転生死の 秋のもみじば
引用元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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(Photo: 2010.7.31 徳島県徳島市国府町 四国八十八ヶ所霊場 第15番札所 国分寺 Camera: CANON EOS 5DMarkⅡ Lens : CANON EF28-70mm F2.8L USM) |

あとはfc2のアウトポート機能と引っ越し先のインポート機能でどこに引っ越すか?ですね。
コメ付の移行は、引越先のインポート機能のレイアウト次第です。ライブドア、はてなはok。アメーバはダメです。それ以外は検証できていませんが、引越先のfc2からの移行条件を調べるとわかると思いますよ






