監督 バズ・ハーマン 主演 レオナルド・ディカプリオ
「華麗なるギャッツビー」
だいたいの あらすじ (ご存じの方も多いと思いますが・・)
1920年代 狂乱のニューヨーク。 街にはジャズが軽快に流れ、禁酒法の反動で密造酒
が巷にあふれる時代。 ニック・キャラウェイは、故郷からNY郊外の家に移り住む作家志望の裕福な青年で今は、投資会社に勤めていた。 対岸にはいとこデイジーと女好き大富豪のトムが結婚後、暮らす大邸宅が見える。 そしてニックの隣の宮殿のような大邸宅では、夜ごと盛大なパーティが開かれ、まばゆく大きい花火の下で、名だたる有名人や大勢の人々が歌やダンスパフォーマンスを楽しみ、酒や食べきれないほどの豪勢な料理がふるまわれていた。 対岸からさす緑の光をじっと見つめる一人の男・・・。
その男こそパーティの主催者で、豪邸の主ジェイ・ギャッツビーだった。
いったい、どんな人物なのだろう・・?と思うニックのものとへ、ある日、ギャッツビーからパーティへの招待状が届く。 そしてニックは、ついにギャッツビーとの対面をはたす。 二人は意気投合、友好関係は続き日を追うごとにニックは、疑問を持つ。 ギャッツビーは何者なのか? 資金の出処など彼の事についてわからないことだらけだった。
そしてある時々に、ギャッツビーは、ニックに自分のことを語り始める。
自分は名家の出身だが身寄りがなく、戦争で勲章も受けとことがあることや、現在の富豪の地位に至った経緯など身の上話をニックに話聞かせるのだったが、釈然としないニックは、ギャッツビーがまだ何かを隠しているように思えて仕方なかった。
それもそのはず、実は数年前軍人だったギャッツビーは、かつてニックのいとこデイジーと恋仲だったが、デイジーは大富豪の娘。 かたやギャッツビーは貧乏青年。
その為二人の愛は実らずデイジーは、大富豪のトム・ブキャナンと、結婚してしまう。
ギャッツビーは、貧乏から巨万の財力を得てデイジーとの愛を再び取り戻し過去をやり直そうとしていたのであった。
ある時、ギャッツビーは、友人ニックの取り計らいでデイジーと感動の再開を果たす。 その時期、デイジーも夫トムの浮気で夫婦仲が冷え込んでいてすぐに二人は、過去の自分達を思い起こしまた愛も甦る。 二人は密会をかさねギャッツビーは、デイジーにトムに愛していないと告げ、夫と別れるよう強く進めるようになる。 しかし、煮え切らず迷うデイジーと友人仲間一同がかいし、夫トム・ブキャナンとの話し合い中、トムの挑発するような一言にのってしまったギャッツビーは、激しい怒りの形相でトムの胸をつかみ殴りかかろうとしてしまう。
ハッとしたギャッツビーだったが自分がまんまとトム・ブキャナンの挑発に乗ってしまったことに気づいたものの、すでに遅く振り向くとデイジーは自分の姿に怯え震えていた。 ギャッツビーの偽りの仮面は音を立てて崩れ、友人たちも潮が引くように心が離れていった。 そして口論の末、デイジーはいたたまれず部屋を飛び出し、ギャッツビーも後を追う・・。
二人を乗せた自動車は、激しく走行し自動車修理工場から飛び出して来た マートルを轢き逃げしてしまい、マートルは絶命する。 マートルに近寄る夫のジョージ。
ジョージは妻マートルとトムの浮気をしりマートルをひどく叱っていた最中で、暴走してくる自動車をトム・ブキャナンが運転していると思い、マートルは駆け寄っていったのだった。 警察が目撃者や夫ジョージから事情徴収していた時、後からやってきたトム・ブキャナンと友人を乗せた車も現場をさしかかる。 トムは、浮気相手マートルが住む自動車修理工場で起こった異変を感じ。 車から降りて行くとジョージが泣き崩れマートルが死んだことを知る。 そして、事故の状況を知るとトムは恐ろしい証言をジョージに告げる・・・。 悲劇の幕は切って落とされギャッツビーの夢と希望で満ちるはずの運命も思わぬ方向へ向かっていく事となる。
何度か映画化されたそうで1974年フランシス・フォード・コッポラ脚本 ロバート・レッドフォードとミア・ファローで制作された作品をず〜っと前
テレビ放送で見たことを思い出しましたが、覚えているのが
衝撃のラストシーンだけで、どうしてギャッツビーは撃たれたのだったか・・
と疑問が湧き立った勢いで劇場へむかいました
作品の時代背景が流れるとすぐに映画の中へ吸い込まれていき、目の前は過熱気味の1920年代へ突入。 ニック(トビー・マグワイア)が先に登場しギャッツビーのストーリーが思い出のように語られていきました。
パーティシーン
は、次々に栓が抜かれたシャンパン
が運ばれ夜空には綺麗な
花火、当時流行のファッションと音楽、チャールストンを軽快に
ダンスする踊り子達・・・などこの時代をたっぷり味わいましたが、 ただ少し音楽だけが浮き出した感じが残ったような・・。 たぶんこのシーンは、3Dで見せる為に必要だったのだろうな・・感じました。 ちなみにわたしは、視覚効果は置いておき物語重視で2Dを選び鑑賞しましたがこちらも良かったです
。
ディカプリオのギャッツビーは、とてもはまり役でしたが、何故か トビー・マグワイアのニックにもたくさん注目することも多かったです。語りに引き込まれていくような・・
それで結局、ギャッツビーが信じる過去はやり直すことは幻想となり、デイジーも煮え切らず迷うばかりでトムも浮気するけど妻を奪われたくないだけに収まらず、ギャッツビーを葬りさるように仕向けギャッツビーの死後二人は知らん顔でかなり大富豪な感じでした
。
たしかに、独り相撲だったのかもしれないけど、もとより時間は二人の価値観をますます大きく引き離してしまった気がしました。
鑑賞後、とにかくラストシーンの疑問も晴れ何ともギャッツビーの夢が儚い幻想に終わってしまいましたが、ニックが作品を書き上げ自身もまた再生されギャッツビーの大きな夢と希望もそこで生き続けていくんだな〜と思いました
。
あとには祭りのあとの静けさが・・・
無理だと思ってもあきらめず、夢を追い希望をもち続けるのも才能の一つですね。
(ギャッツビーは無理と思っていなかった・・)
ねっちんも追いかけた
夢はあったけど、やりとげた数よりフェイドアウトが数多く
でも、叶う叶わないにかかわらず全力投球。 けっして無駄じゃなくそれは今も生きる
機動力になっているような気がします。
しかし、また1974年版も見てみたいです。 ミア・ファローのファンだったし・・
「華麗なるギャッツビー」 オススメです♪